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【執筆ノート】
『教養の近代測地学──メフィストのマントをひろげて』

2021/02/17

  • 石原 あえか(いしはら あえか)

    東京大学大学院総合文化研究科教授・塾員

2015年刊行の拙著『近代測量史への旅』は、私を新しい世界に導いてくれました。ターゲットにした文学研究者よりも地図・測量・地学・土木等の理工系分野で話題にされ、国土地理院ともご縁ができました。

科学と文学が「哲学/教養」の名の下で共に在った時代の寵児ゲーテは、晩年、両者が専門化し、袂を分かったことを嘆きましたが、私にとっては彼の名こそ、文・理の厳格な境界を軽やかに飛び越える魔法の呪文です。もっとも前著は「ゲーテ研究者なのに測量史の研究書を書いた」と驚かれたので、今回は「ゲーテ研究者だから書ける測地学の物語」をコンセプトに、ソフトな文体で一般読者も楽しめる本に挑戦しました。

地図好きや伊能忠敬ファンは多くても測地学の歴史を扱う書籍は少なく、あっても専門的な技術解説が中心です。でもGPSを筆頭とする現代の空間認識と技術環境が成立したのは最近のこと。本書にはゲーテと同時代人のオイラー、ガウス、A・v・フンボルトはもちろん、ツァイス、アッベ、ショットの次世代光学トリオ、写真のダゲールやナダール、日本国内ではZ項の木村榮(ひさし)、義塾でも学んだ田中舘愛橘(たなかだてあいきつ)、地震学の大森房吉をはじめ、地球の姿に魅せられた多くの人物が登場します。岩手・水沢の緯度観測所を訪れた宮澤賢治や新田次郎の『劒岳』に続くエピソード、幸田文の『崩れ』と立山砂防も織りこみました。地震計、望遠鏡、地球儀、プラネタリウム、図化機、水準点も重要な〈主人公〉たちです。

塾員の編集者曰く「ゲーテを軸にひとつの歴史物語となって、さながらジェットコースターのように読ませる」のが本書の特徴だとか。スリリングな読みの快感を伝えるため、悩んだ挙句、副題にしたのが「メフィストのマント」。ゲーテの悲劇『ファウスト』で、悪魔が主人公を陰気な研究室から外界に連れ出す手段ですが、実は「熱気球による有人飛行」の成功が歴史背景にあります。

晩年まで旅したゲーテに倣って、国内外を飛び回り、集めた膨大な資料を一冊に凝縮した本書で、知的タイムトラベルに出かけませんか。なお、図版が鮮明に見えるよう、〈紙の本〉の質や装丁にもこだわりました。ぜひお手に取って御覧ください。

『教養の近代測地学──メフィストのマントをひろげて』
石原 あえか
法政大学出版局
392頁、3,500円〈税抜〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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