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【執筆ノート】
『国道16号線──「日本」を創った道』

2021/02/13

  • 柳瀬 博一 (やなせ ひろいち)

    東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授・塾員

国道16号線は、首都圏をとりかこむ実延長約330キロの環状道路だ。三浦半島の横須賀・走水から、横浜、相模原、町田、八王子、福生、入間、川越、さいたま、春日部、野田、柏、船橋、千葉、市原、君津、木更津を抜けて、房総半島の富津まで、神奈川、東京、埼玉、千葉の4都県27市町を通っている。

1963年に施行された16号線の一般的イメージはニュータウンをつなぐ郊外道路。けれどもこの道の通るエリアには数万年の人類史が蓄積している。戦後は、米軍基地が集中し、数々の流行音楽が羽ばたいた。幕末から明治時代、戦前にかけては生糸産業が発達して殖産興業を支え、軍港や航空基地が設置され富国強兵を牽引した。中世には武士が台頭し、鎌倉幕府が誕生した。古墳時代、弥生時代、縄文時代、旧石器時代。常に人々の盛んな営みがあった。

本書では、日本の文明と文化がこの道で発展してきた秘密を解き明かそうと試みた。鍵となるのは地形だ。リアス式海岸を有する2つの半島、いくつもの台地と丘陵、間を流れる巨大河川、広大な干潟を有する東京湾。人々は16号線エリアの台地や丘陵の縁に生まれた小流域に好んで暮らした。貝塚も古墳も古城も軍施設もニュータウンも、16号線の地形が呼び寄せた。

16号線の下には古い歴史が眠っていて、さらにその下にはユニークな地形がある。この視座は、30数年前の慶應義塾大学での学生時代に培われた。日吉では、生物学の岸由二名誉教授が主導した三浦半島小網代の森の自然保全活動にかかわり、横浜から三浦までの16号線沿いを何度となく往復した。この地域が小流域の連続でできていること、縄文時代や旧石器時代の遺跡があることを知った。三田では、経済史の杉山伸也名誉教授のもとで横浜正金銀行が日本の近代経済に果たした役割を調べ、16号線にかかわりの深い綿や生糸の取引が日本の主力輸出産業に育っていく経緯を卒業論文に書いた。

慶應義塾の恩師に導かれた気づきが32年後、1冊の本になった。現在、私は大学教員として、日々教育の仕事に就いている。義塾の恩師にいただいたような射程距離の長い気づきを、学生たちに与えたい。

『国道16号線──「日本」を創った道』
柳瀬 博一
新潮社
232頁、1,450円〈税抜〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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