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【執筆ノート】
『太宰治 単行本にたどる検閲の影』安藤 宏・斎藤理生編著

2021/01/29

  • 小澤 純(共著)(おざわ じゅん)

    慶應義塾志木高等学校教諭、慶應義塾大学文学部非常勤講師

修士1年の頃、初めての論文を太宰治で書いた。その偶然がきっかけで、太宰研究を進める若いグループに誘っていただいた。修論のテーマは芥川龍之介だったため意外で、しかし大変嬉しかった。やがて会は同人誌を発行、研究実践を持ち寄る大切な対話の場となり続け、2019年には共編著『太宰治と戦争』(ひつじ書房)を上梓した。敗戦までの社会動向と太宰テクストの相関性を、共同研究で探ることができた。

その後、同人仲間の斎藤理生(まさお)さんから、太宰と検閲をめぐる研究書を東大の安藤宏先生と企画しているので、『津軽』について執筆しないかと打診があった。高校1年以来の愛読書であり、2つ返事で引き受けた。占領期の検閲資料が多く眠るメリーランド大学プランゲ文庫には斎藤さんが足を運び、徹底的に調査してくれている。その恩恵を受けつつ、別の視座を架橋して『津軽』の戦中戦後を照射したいと考えた。

駒場の日本近代文学館には、ご遺族によって原稿類などの貴重な資料が寄贈され、2017年には『太宰治文庫目録 増補版』も出た。旧蔵著作欄には再版や異本を含む3冊の『津軽』が記載されており、書き込みもあるらしい。──誰によるものか、まずは確認してみよう。館に籠もって、太宰や美知子夫人がかつて手に取った旧蔵書を1頁ずつめくった。推理小説のように痕跡から〈犯人〉と動機を考察することは、純粋にスリリングだ。

調査の途上で、これまで文庫類や全集で『津軽』に触れながら感じてきた違和が蘇った。この度、戦禍に関連付けて、その長年の疑問に応答できた。ご興味のある方は、ぜひお読みください。「クライマックスで、太宰自筆のたけさんの似顔絵を見た際、感興極まる場合とそうでない場合があったのはなぜか?」

ところで、太宰には「心の王者」という、「陸の王者」をもじったエッセイがある。『三田新聞』に掲載されたのは、東京オリンピックが幻となった1940年の1月。志木高の現代文でよく扱うが、今年度は文学部の講義で取り上げた。まだ何者でもない学生を詩人になぞらえる、叱咤を含んだ太宰らしい応援歌だ。コロナ禍に学ぶ、全塾生に響いてほしい。

『太宰治 単行本にたどる検閲の影』安藤 宏・斎藤理生編著
小澤 純(共著)
秀明大学出版会
168頁、2,500円〈税抜〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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