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【執筆ノート】
『Thinking Baseball ──慶應義塾高校が目指す〝野球を通じて引き出す価値〟』

2020/12/25

  • 森林 貴彦(もりばやし たかひこ)

    慶應義塾高校野球部監督、慶應義塾幼稚舎教諭

2018年8月5日夕刻、甲子園でのサヨナラ勝ちに歓喜するアルプススタンドをグラウンドから仰ぎ見た。あの光景を忘れることはない。老若男女の塾員、塾生を中核とする応援は終始凄まじく、試合中に監督である私も思わず鳥肌が立った。

2020年、コロナ禍の影響で春夏の甲子園は中止になったことはニュースになるほど注目度が高い。国民的行事として定着しているように見える。しかし今、高校野球は終わりの始まりにいる。大袈裟ではなくそう確信している。2年前に出場した夏の甲子園は100回記念大会だった。大観衆に見守られ、大声援に後押しされる大舞台に立つのは本当に幸せな経験だった。しかし、このままで200回大会は迎えられるのか。私には危機感しかない。

甲子園がすべて、勝利がすべて。そんな甲子園至上主義、勝利至上主義が、本来最も大切にされるべき高校野球の価値を歪めていないだろうか。今こそ、高校野球に関わる者がその価値を認識し、さらに高める努力をしなければならない。それができなければ高校野球は衰退の一途を辿ることになるだろう。

では、高校野球の最大の価値は何か。それは、高校生のうちに勝利も敗北も、成功も失敗も経験しながら、自ら考えることの大切さに気づき、考える習慣を身につけていくことである。坊主頭や過度な挨拶、強制的な長時間練習、上意下達の人間関係。これらに象徴される前例踏襲、思考停止、現状維持、全体主義の古い体質。このような環境下で未来の日本や世界を背負って立つ人間は育つのだろうか。「今のままではNo」である。

ではどうすればよいのか。自分のチームの勝ち負けだけではなく、広い視野を持ち未来を見据えて、高校野球を変えていかねばならない。それが高校野球だけでなく、日本のスポーツや社会そのものを変革することにつながるのではないか。そのような思いを1冊の本にまとめた。野球関係者だけでなく、広く社会を先導されている皆様にぜひ読んでいただきたい。スポーツの価値、教育機関の価値、企業の価値、国家の価値とは何かと思考を広げるきっかけになれば幸いである。

『Thinking Baseball ──慶應義塾高校が目指す〝野球を通じて引き出す価値〟』
森林 貴彦
東洋館出版社
192頁、1,400円〈税抜〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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