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【執筆ノート】
『いまこそ「小松左京」を読み直す』

2020/11/19

  • 宮崎 哲弥(みやざき てつや)

    評論家・塾員

この著作には原型があります。

それは、昨年出版した『100分de名著/小松左京スペシャル「神」なき時代の神話』という、NHK・Eテレの番組のために書き下ろしたテキストです。番組では『地には平和を』『日本沈没』『ゴルディアスの結び目』『虚無回廊』の4作に焦点を絞って、小松左京という知の巨人にアプローチしようとしました。従って、テキストもこの4つの作品を中心に構成されています。

『100分de名著/小松左京スペシャル』は幸いにも好評を得て、日本SF界で権威のある星雲賞(第51回、ノンフィクション部門)を受賞しました。

しかし、小松左京の一貫した思想を彼の文学から抽出するという、私の当初の目論見からすれば、不十分なところがありました。

これは、本書の(そして原型のテキストの)「はじめに」でも触れたことですが、現代の主流派の文学は著者の思想を直截に語る表現ではありません。思想小説とか思弁小説といった特殊なかたちでしか、世界観総体を直に説く純文学は生き残っていません。では文学は、思想や世界観とは無縁になったのでしょうか。違います。主流派文学という閉域ではなく、むしろ大衆文学の世界でそれは生き延びたのです。SFや探偵小説のかたちで。

例えば笠井潔の『バイバイ、エンジェル』が連合赤軍事件を総括する思想小説でありながら、なぜ探偵小説の形式を取ったのか。高村薫の『太陽を曳く馬』はどうしてミステリー仕立てなのか。思い半ばに過ぎましょう。

本書では、テキストに大幅な改稿を施し、新たな章(『果しなき流れの果に』編)を加えました。そうすることでようやく小松左京の思想全体の見取図を示し得ました。それは宇宙の存在意義と、私達の認識の意味をめぐる壮大な思惟の体系です。

いままでも、こうした批評の試みがなかったわけではありません。しかし小松が否定的媒介として評価したゾロアスター教の宗教理念を、小松自身の思想と取り違えて論評してしまうようなものばかりでした。

こうした貧しい状況から抜け出す第一歩になれば幸いです。

『いまこそ「小松左京」を読み直す』
宮崎 哲弥
NHK出版
288頁、900円〈税抜〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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