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【執筆ノート】
『鳥獣戯画の国──たのしい日本美術』

2020/11/12

  • 金子 信久(かねこ のぶひさ)

    府中市美術館学芸員・塾員

美術館学芸員の一番の大仕事は、やはり展覧会の仕事である。企画を立て、作品を求めてあちこち訪ね歩く。出会った作品から新たな悩みも生まれるが、何とか考えをまとめ、作品をお借りして回る。私の場合は展示プランも自分で考えるが、それも楽しい。そして会場に多くの方が来てくださった時、心の底から喜びが湧き上がる。

しかし、美術の本を作ることには、展覧会と比べられない面白さがある。テーマと構成を考えながら作品を集めるのは同じだが、展覧会では実現が難しい構成もできるからだ。

《鳥獣戯画》は、有名で人気の高い作品だけに、その歴史上の位置付けに、私はもどかしさも感じてきた。絵の素晴らしさは繰り返し説かれ、絵巻の成立に関する研究も重ねられてきた。昨今は時代を飛び越えて、マンガやアニメの元祖と称えられてもいる。だが、《鳥獣戯画》の遺伝子を受け継ぐ動物の絵が、後代に描かれてきたことは、どれほど知られているだろうか。《鳥獣戯画》なしでは生まれなかった動物の絵の歴史があるのに、放置されてきたのだ。

こんな歴史、つまり、《鳥獣戯画》と「その後の歴史」を眺める展覧会を企画するつもりで作ったのが、この本である。高山寺の《鳥獣戯画》やいくつかの模写、そして、《鳥獣戯画》の遺伝子が花開かせた様々な作品を集めた。《鳥獣戯画》が広く知られるようになったのは明治時代以降だという人もいるが、すでに江戸時代、伊藤若冲(じゃくちゅう)や曽我蕭白(そがしょうはく)歌川国芳ら多くの画家が、《鳥獣戯画》さながらの動物たちの相撲の様子を描いている。もしこんな展覧会が開かれたら、《鳥獣戯画》が、実際に日本の愉快な絵の大きな源流になったことがはっきりするだろう。加えて、動物の心に温かな目を向け、また、それを味わえる絵を慈しんできた日本の人々の心の歴史をも、作品を前に深く感じられるに違いない。

本書は、「たのしい日本美術」のシリーズの1冊である。同じシリーズの『日本おとぼけ絵画史』は、刊行から3年後、「へそまがり日本美術」とタイトルを変えて、展覧会となった。同じように『鳥獣戯画の国』も、いつか展覧会に……との夢を捨てきれずにいる。

『鳥獣戯画の国──たのしい日本美術』
金子 信久
講談社
136頁、2,400円〈税抜〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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