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【執筆ノート】
『人事の古代史──律令官人制からみた古代日本』

2020/10/27

  • 十川 陽一(そがわ よういち)

    慶應義塾大学文学部准教授

奈良の都の中心地である平城宮跡に立つと、東に若草山、西に生駒山、北には平城(ならやま)山丘陵を臨むことができる。ここに、奈良時代の都びとたちの暮らしはあった。だが大阪に住む親戚などは、平城宮跡というと「何もないやん」という反応しか返してくれず、残念に感じたことがある。

確かにかつての建物は失われ、復元されたごく一部の建物や、礎石だけで往時を偲ぶことは難しいかもしれない。ただ実は、何もないことに意味があることもある。例えば、宮の中枢である大極殿と、その広大な前庭(朝堂院)がそれである。ここは奈良時代から広い空間として設けられており、大極殿に御した天皇の前に官人たちが位階の順に列立し、天皇を頂点とした序列を具現化する場であった。一方、宮の西北部や東端には園池が設けられ、天皇が貴族とともに行う宴会の場があったことも明らかにされている。

このように平城宮の構造からは、中国から継受した律令制に基づく官僚制の原理と、天皇を中心とした私的な関係が並存している様子を見て取ることができる。日本の古代国家は、そうした2つの要素を巧みに織り交ぜた支配体制を構築していた。その在り方を、「人事」というキーワードから整理してみたのが本書である。

人事という言葉は、多くの人にとって他人事ではないだろう。本書を手に取っていただいた方の感想やレビューなどを拝見すると、現代社会や身近な関心事に引き付けて読んで下さった方が多いようである。現代との類似性といった側面は、歴史学者のはしくれとして禁欲的に書いたつもりだが、それでも親しみを持っていただけたことはありがたい。

古代に整備された律令官人制は、緻密な評価システムを伴う高度な人事制度であり、一見難解である。しかし受容の在り方や扱われ方は時代や場面によって様々だが、日本の歴史を通じて人々にとってなじみ深いものとして浸透した、1つの文化であると考える。最近は元号が変わったこともあり、変化が強調されるようなことも多々あるが、変化ばかりではなく、連綿と続く過去との繋がりも意識していただくきっかけともなれば、この上ない喜びである。

『人事の古代史──律令官人制からみた古代日本』
十川 陽一 
ちくま新書
272頁、860円〈税抜〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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