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【執筆ノート】
『美しい日本語 荷風 Ⅲ 心の自由をまもる言葉』

2020/10/21

  • 持田 叙子(共編著) (もちだ のぶこ)

    近代文学研究者・塾員

永井荷風は先駆的に欧米で学び、森鷗外と上田敏の推挙を受け、明治43年に慶應義塾文学科教授に就任した。「三田文學」の初代編集長となり、多くの作家を世に出した。花を愛し、洒脱を旨とし、平和を愛して塩辛い世相の流れに負けない気概となす、「三田文學」の今にいたる精神を象徴する存在である。

芯がつよい。戦いを好む時代の流れに決して乗らなかった。よく知られる花街への愛は、平和な遊びの文化への愛でもある。西洋語、漢文と和の古典の教養をいかし、越境的な言葉で作品を書いた。彼の言葉は彼の思想である。国境を超えて多彩に輝く。その意味での〈美しい日本語〉である。

かねて荷風の言葉の花を摘み、詞華集をつくりたかった。慶應義塾大学出版会の力で実現した。加えて気鋭の俳人・高柳克弘氏とのコラボがかなった。各巻、散文と俳句の両面から荷風文学に光を当てる。これは新機軸である。荷風は10代から俳句を愛し、生涯貫き作句した。俳句は荷風文学の母胎である。高柳氏は江戸俳句と近代俳句の流れを見晴らし、その中で荷風の俳句を鑑賞する。繊細かつ広範なまなざしは荷風の俳句を新鮮に蘇らせる。

全3巻。第1巻は「季節をいとおしむ言葉」と題し、季節の金言を集める。たとえば荷風は樹木を愛する。若葉の季節を「緑のシンフォニー」と歌う。秋、ぶどう棚で風にゆれる紫の房を「一粒一粒は切子硝子の珠にも似たる」と賞美する。第2巻は「人生に口づけする言葉」と題し、魅惑的なヒロインがつややかに活躍する作品から取る。

最終第3巻は、荷風の凛たる気概の言葉をおさめる。けんかや議論は嫌いだった。楽しいこと美しいことについて語るのが好きだった。しかし人間の権利としての自由が侵害されるときは、言葉をみがいて戦った。近代最高の日記『断腸亭日乗』がそれを証明する。評論や随筆、太平洋戦争中の日記を主として選んだ。昭和16年の「人の命のあるかぎり自由は滅びざるなり」の叫びは胸を打つ。21年の「戦ひに国おとろへて牡丹かな」の句にも自由の精神が真紅に燃える。荷風の不屈にオマージュをささげる結びの巻となった。

『美しい日本語 荷風 Ⅲ 心の自由をまもる言葉』
持田 叙子(共編著) 
慶應義塾大学出版会
224頁、2,700円〈税抜〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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