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【執筆ノート】
『カール・シュミット──ナチスと例外状況の政治学』

2020/08/31

  • 䕃山 宏(かげやま ひろし)

    慶應義塾大学名誉教授

本書はカール・シュミットの政治思想を比較的詳しく紹介し検討したものである。かれは長命で帝政期からワイマール共和国、ナチ時代、戦後の西ドイツを生きて研究活動や著作活動をおこなった。かれが例えばシェイクスピアの研究者であったなら大分違った人生を送ったかもしれないが、国法学や政治学を専門とする学者であったため、時代の激動に巻き込まれ、ナチのイデオローグとなった。政治の本質は「敵か味方か」の区別(決定)にあるという主張や、「主権者とは例外状況に関し決定するものを言う」という定義が、政治の本質を見事についている一方で、ナチス体制の正統化にも適用されたというかれの過去が常に問題とされた。シュミットの「魅力」と「危うさ」が絶えず語られてきたのはそのためである。

本書執筆の過程で、シュミットのキーワードにあたる「決定(決断)」の意味を考える機会があった。「われ思う、ゆえにわれ在り」のデカルトが「思う」ことの根元的意味を、ロマン派が「感じる」ことの根元的意味を考察したとすれば、シュミットは「決定する」ことの意味を掘り下げて検討した。

ともかく政治領域では「決定する」ことが大事であるとされ、何のために「決定する」かよりも、「決定すること」それ自体の方が重要であるとまで言われている。これは「選びたまえ、諸君は自由だ」という実存主義者の言葉を思い出させる。実際、シュミットの政治思想は「政治的実存主義」と呼ばれたりもする。「決めたまえ、諸君は自由だ」、あるいは、「われ決定する、ゆえにわれ在り」、とかれがつぶやいたとしても不思議ではない。

政治秩序を根元的に支えているものは何かという問題をめぐっては規範主義と決断(決定)主義という相対立する2つの立場があり、決断主義の主唱者シュミットが規範主義のケルゼンと対立していた。ところがナチのイデオローグになった頃のシュミットは規範や決断と区別して、「具体的秩序(思考)」という怪しげな第3の基準をもちだしてくる。ナチがドイツを全体主義的に支配している現状を正統化するために展開された、問題をはらむ議論である。

『カール・シュミット──ナチスと例外状況の政治学』
䕃山 宏
中公新書
288頁、860円〈税抜〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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