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【執筆ノート】
『安藤忠雄 建築を生きる』

2020/08/25

  • 三宅 理一(みやけ りいち)

    東京理科大学客員教授・特選塾員

日本の建築家たちは元気が良い。パリやニューヨークに行くとそのことを実感させられる。その中でもっとも気を吐いているのが、大阪を拠点として世界各地で活躍する安藤忠雄である。現在、齢78、美しいコンクリートの表現で一世を風靡する一方、熱血漢で危機に直面して身を挺して動き回る姿勢から社会派のヒーローとして広く認知されている。

私が彼と知り合ったのは1980年代の初めで、住宅作品を見せてもらうために建築雑誌の編集者が仲介してくれたのが始まりである。以降、いろいろな場面で一緒になることがあり、そんな縁で今回評伝を上梓することになった。

建築家の生涯を評伝として記すのは難しい。アーティストのように作品一筋というわけではなく、建築という行為を通して社会に深くコミットし、その領域が多岐にわたっているからだ。しかも、安藤の場合は世界中に人脈を築いていて、それこそ町のおばさんから世界屈指のアートコレクター、はたまた大国の大統領まで等しく交わっている。そんな人物を相手とすると、取材だけでどれだけの時間と労力がかかるかわからない。それでも今回、あえてこの作業に挑んだのは、今や「Tadao Ando」と横文字でくくられる文化現象を、国を越えるかたちで少しでも正確に捉えてみたいと思ったからである。

実際に取材をして気が付いたのは、フランスにおける安藤の評価が著しく高く、また優れた批評が多いことだった。1980年代からフランス人関係者の安藤詣でが始まっており、その蓄積の上に大掛かりな展覧会が何度も開かれている。安藤は数多くの美術館をデザインしているが、美術館との相性の良さが彼の評価を一段と高くしているのであろう。

一昔前の大御所と呼ばれた建築家は、弟子をぞろぞろと引き連れて闊歩していたものだが、安藤は1人で地下鉄に乗って町を移動する。高卒でプロボクサーあがりの東大教授、長屋暮らしをモットーとする大建築家、そんな異色づくめで修行僧のような生き方が多くの人を惹きつけてきた。大阪の片隅から世界を見やり、国境を越えて人々にメッセージを発し続ける建築家、その一部でも読み取っていただければ幸いである。

『安藤忠雄 建築を生きる』
三宅 理一
みすず書房
328頁、3,000円〈税抜〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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