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【執筆ノート】
『ネズミのおしえ──ネズミを学ぶと人間がわかる!』

2020/07/22

  • 篠原 かをり(しのはら かをり)

    作家・塾員

大学に入学するまでは、昆虫一筋の子供だった。大衆人気を勝ち得ているとは言い難い昆虫の新たな可能性を切り拓くことで昆虫人気に貢献したいと思い、大学の門をくぐった。

学部生の頃は、当時流行していた昆虫食の研究を行った。そこで出会ったのがネズミである。昆虫由来のタンパク質をマウス(ハツカネズミ)に与え、遺伝子発現や表現形、行動に表れる違いを解析する実験だった。実験動物としてのネズミに出会ったことがきっかけで、今ではネズミの沼に肩まで浸かり切ってしまっている。この面白さからは今後も逃れられないだろう。

ネズミは哺乳類最大の種類を誇るグループで、言わずと知れた実験動物の王様である。実験動物として最も多いのがマウスという小さなネズミ、次いでラット(ドブネズミ)だ。このラットというのがこの上なく愛らしい生き物で、子猫と子犬の中間の性格といえば、その可愛さが伝わるだろうか。愛情深く感情豊かで元気に満ち溢れている。

私のネズミへの贔屓目がそう見させるのではない。ネズミが感情豊かで情に厚い動物であることは多くの研究が証明している。例えば、類人猿を除いて今のところ唯一笑い声をあげることが知られている動物はネズミだ。ネズミは遊んでいる時や撫でられている時に人間に聞こえない高い周波数の声をあげていることが分かっている。仲間を見捨てないことを示した研究もある。そんな性格の良さを感じさせる一方で、妬み嫉みの感情を持っていることも分かっている。

しかし、それこそがネズミの魅力の真髄だ。人間に存在する負の感情も生存のためのひとつの武器であることを裏付ける証拠となるからだ。人間はネズミを通して自らを知るために研究を行う。本書はそんなネズミの姿から人間を考えるエッセイである。最新科学研究から古の文学までネズミの魅力を伝えるための資料を集めて執筆した。この本を書いた動機はただひとつ。大衆人気を勝ち得ているとは言い難いネズミの人気に貢献することである。ネズミという小さな隣人の類い稀なる魅力が伝われば、ネズミオタクとしてこれ以上の幸せはない。

『ネズミのおしえ──ネズミを学ぶと人間がわかる!』
篠原 かをり
徳間書店
208頁、1,500円〈税抜〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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