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【執筆ノート】
『時代の「見えない危機」を読む──迷走する市場の着地点はどこか』

2020/07/16

  • 黒瀬 浩一(くろせ こういち)

    りそなアセットマネジメント株式会社チーフ・ストラテジスト、チーフ・エコノミスト・塾員

金融市場を長く見ていると「歴史は繰り返す」が実感としてよくわかる。繰り返すとは、単に景気が良い局面と悪い局面を循環するだけではない。経済的にはバブルの生成や崩壊が概ね10年ごとに繰り返されている。社会的にも過度な株主優遇と労働者保護が30〜50年ごとに繰り返されている。

近年、行き過ぎた株主資本主義に対し、格差や反グローバル化運動の原因になっているとして、強い批判が向けられている。それは典型的には、グローバル企業による株主利益最大化のための行動で、従業員の賃下げ、低コストを求める工場立地の新興国への移転、などだ。

行き過ぎた株主資本主義は修正すべきである。しかし、振り子が逆に振れ過ぎるのも問題だ。問題は2つに大別できる。第1は、株主利益を損なう形で過度な労働者保護へと傾斜するリスクだ。第2は、米国内で「米国第一」が支持される中、反グローバル化が米中の事実上の覇権争いへと先鋭化するリスクだ。

この2つのリスクに起因して、1970年代の米国が再現される可能性がある。当時の米国では、国内経済が低迷して高インフレが進行した。国際社会では威信が失墜し、ドル危機やカーター危機を引き起こした。当然、株価も低迷した。

本書を執筆した最大の動機は、この過ちを繰り返してはならないという危機感だ。この視点は株式など証券投資にも有益なはずだ。

リスクは米国だけに留まらない。米国の社会制度は戦後一貫して世界の先例となった。時間をおいて日本をはじめ世界中に波及すると想定しておくべきだろう。

特に日本は、人口減少、財政赤字、景気回復は政策対応で実現できても自律的成長という意味で経済の再生が実現できない、など基礎疾患ともいえる問題を抱えている。本書では、これらの問題解決に向けた青写真も示した。

最後にコロナ禍だが、これにより「見えない危機」がより鮮明に「見える化」されることになるだろう。特に問題なのは、国家と企業の更なる債務増大と米中覇権争いの先鋭化だ。結果的には問題解決の時間軸が短期化する可能性が高いだろう。

『時代の「見えない危機」を読む──迷走する市場の着地点はどこか』
黒瀬 浩一
慶應義塾大学出版会
564頁、2,700円〈税抜〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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