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【執筆ノート】
『親子で育てる ことば力と思考力』

2020/06/26

  • 今井 むつみ(いまい むつみ)

    慶應義塾大学環境情報学部教授

ことばの力が子どもの学力に大きな影響を与えることは多くの人が経験知として同意する。子どものことばの力を伸ばすための指南書はたくさん出版されていて、研究者が書いた良書もあるが、科学的には納得できないことを書き連ねた本もある。言語発達について専門的な知識がない読者にとって、どれを信じたらよいのかよくわからない。このような状況で、選択する側にとって必要なのは、「なぜ」その方法がよいのかがわかることである。しかし、ほとんどの本は、「子どもの語彙を倍増する」方法を自信たっぷりに主張するものの、その根拠は書いていない。

本書は、なぜ多くの人に実践されている方法(例えば、フラッシュカードなどで単語を暗記させる方法)が長期的にはあまりよい結果をもたらさないのかを、ことばの発達の仕組みから説明し、言語学や発達心理学について専門的な知識をもたない読者にも理解・納得してもらいたいという思いから執筆した。ことばの意味は、基本的に大人が教えることのできないもので、子どもが自分で推論することでしか覚えられない。子どもは「ことばの探偵」である。推論のしやすい状況を作るのが大人のできる最大のこと。本書では、自分自身の研究も含め、発達心理学の数多の研究のエビデンスから、子どもの推論の助け方を提案している。

本書が他書と違うもう1つの点は、ことばの発達と考える力の関係を科学的にわかりやすく説明しているところである。子どもはことばを使うために推論し、覚える。その過程で、ことばを使う力だけでなく、考える力も伸びる。考える力とは、問題を解決したり発見したりする力であるが、それを下支えするのは、脳内で情報を取捨選択し、必要ない情報を抑制するような情報処理システムである。幼少期から児童期にかけてたくさんのことばの意味について推論することは、この脳内情報処理システムの成長を促す。それは学力の伸びにもつながる。すべての教科において、読み、聞き、理解するためにはこのシステムを有効に使うことが不可欠だからである。つまり、ことばの意味を推論し、語彙が豊かになればなるほど、考える力も伸び、学力も伸びていくのである。

『親子で育てる ことば力と思考力』
今井 むつみ
筑摩書房
160頁、1,300円〈税抜〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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