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【執筆ノート】
『 現実を解きほぐすための哲学』

2020/06/22

  • 小手川 正二郎 (こてがわ しょうじろう)

    國學院大学文学部哲学科准教授・塾員

「自分で考える」とは、どういうことか――大学で日々学生たちに、自分で考えるよう促しているのに、その具体的な意味について問われると、時に型どおりの説明をしてしまっている自分がいた。本書では、私自身がこの問いにもう一度立ち戻って、一般読者に向けて可能な限り平易な言葉で「現実的な」学問としての哲学の魅力を伝えようとした。

序章では、自分で考えることを、①経験から出発し、②現実を解きほぐし、③問いに身を晒すという形で提示した。そうして各章で、性差・人種・親子・難民・動物の命という5つの主題について、自分で考えることを読者と共に試みるというつくりになっている。

なぜこの5つの主題を選んだのか、と尋ねられることがある。これら以外にも講義では様々な主題を扱ってきたが、いつしかこの5つが自分にとって「それをやらなければ生きてゆけないというテーマ」(上原専禄)になっていた。私自身は、恵まれた家庭に生まれ、日本の人種的マジョリティの男性として、故郷を追われることもなく、肉を食べて生きてきた。要するに、すべての主題に関してマジョリティの特権を享受しながら生きてきた。こうした立場に立つ人間が、性差別や人種差別、子どもの虐待、難民受け入れ、肉食の是非といった問題を自分とは無縁な「社会問題」とみなすことなく、それらが投げかける問いに、いかにしてわが身を晒すことができるのか――これが本書を通じて考えたかったことだ。だから、人種差別や難民問題にしても、「遠い国のどこか」で起こっていることではなく、日本国内で起きている事例にこだわった。

各々の専門領域で、膨大な議論の蓄積がある主題について、専門外の哲学研究者が論じることは、無謀だとも受け取られかねないが、哲学だからこそ示せる見方や洞察がきっとあるはずだし、その一端を本書で示唆できていたらと思う。同時に、我々が直面している具体的な問題について論じることを、一般的な理論の「応用」とみなしがちな哲学の見方も変えていきたい。具体的な問題に寄り添うことで、なお西洋中心的で男性中心的な既存の哲学の一面性や偏りにも気づいていけると思うからだ。

『現実を解きほぐすための哲学』
小手川 正二郎
トランスビュー
280頁、2,400円〈税抜〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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