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【執筆ノート】
『オーバーツーリズム──観光に消費されないまちのつくり方』

2020/06/16

  • 高坂 晶子(こうさか あきこ)

    株式会社日本総合研究所調査部主任研究員・塾員

現在、私は民間シンクタンクで主に地方の経済・社会政策の調査・研究を行っているが、慶應での専攻は政治学である。日吉では意思決定やパワー論等の政治力学に惹かれ、三田ではそれが具体的に観察可能な場として日本外交史を選んだ。このほど初の著書を上梓するにあたり、当時受けたトレーニングが未だに活きていることに改めて気づかされた。

オーバーツーリズムは「観光公害」ともいわれ、来訪者の急増・集中に起因する騒音やごみ投棄等により、観光地の自然や雰囲気だけでなく周辺住民の生活までもがダメージを被る現象である。世界各地でみられるが、日本では訪日外国人の誘致が軌道に乗った2010年代半ばから、京都等一部都市で深刻化している。

執筆に着手した時点ですでに本テーマを取り上げたルポルタージュが複数出版されており、先行書との差別化を迫られた。私が心掛けたのは「歴史的経緯の重視」と「具体的解決策の提示」であった。

著書の前半で内外の事例を紹介したが、観光地・観光産業の成り立ちや来訪者の送り出し国と受け入れ側との関係性等に留意した。それらを通じて、各地の固有事情やオーバーツーリズムの解決を阻む年来の要因が露わになるところに、外交史研究と通じるものがあった。

著書の後半ではオーバーツーリズム対応の新たな潮流として、ICTの活用や、観光客もオーバーツーリズムの阻止に努める旅のスタイル=「責任ある観光」を取り上げた。現在進行形の現象について解決策を提示するのは容易ではないが、あえてそれに挑んだ背景には修士課程当時の思い出がある。記憶違いであればご容赦頂きたいのだが、ある演習で、もっぱら観察結果を説明する学生に対し、担当教授が辛辣なコメントを発された。いわく「現実に対する解決策と費用の手当を考慮しない分析は社会科学的考察ではない」。平素は諧謔(かいぎゃく)に富む教授の強く厳しい口調が印象に残っている。

大学時代は遥か昔であるのに、若い日に受けた影響というのは、なかなか身を去らないものだな、と思う。教えて頂いた諸々を有難いと思いつつ、進歩の無さの証拠のようでもあり、少々複雑な気持ちである。

『オーバーツーリズム──観光に消費されないまちのつくり方』
高坂 晶子
学芸出版社
272頁、2,300円〈税抜〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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