三田評論ONLINE

【執筆ノート】
『自由なき世界─フェイクデモクラシーと新たなファシズム』ティモシー・スナイダー著

2020/05/26

  • 池田 年穂(訳)(いけだ としほ)

    慶應義塾大学名誉教授

著者による『暴政』は、原著・翻訳とも2017年に刊行された。

「20世紀の歴史に学ぶ20のレッスン」という副題通り、1930年代からの全体主義に現代を重ね合わせ、いかにしてポピュリズムや新たなファシズムを避けるかの指針としておよそ20言語に訳され、評判を呼んだ。本書はそれをさらに進化させ、また素材としての史実を21世紀に引きつけて語ったものである。出版社のHPの本書の特設ページに「訳者からの一言」を求められたが、そのなかに次のような表現を挟んだ。

〈「いやな感じ」が世界中に蔓延しているように思える。身近にもある。

訳者は、徒(いたずら)に理想論を振りかざす気はないし、いわんや国士的発言などけして好まない人間だが、それにしてもと思う。なぜ、政治における最強の武器であるべき「言葉」を鴻毛より軽いものとし、公文書の管理すら蔑ろにし、官僚機構に「忖度」を強い、批判的であるがゆえに存在意義を持つジャーナリズムの口を封じ、権力の健全な継承原理さえ危険に晒し、齟齬矛盾の類を口にして恬として恥じずにいられるのか?〉

本書では、必然性の政治と永遠の政治、スキゾファシズム、サド・ポピュリズムといった著者による造語が駆使される。そのうえで、上巻では、いかにしてプーチンが権威主義体制(オーソリタリアニズム)を築いたか、そしてその体制をヨーロッパやアメリカに輸出したのかを解き明かす。白眉はウクライナを巡る攻防である。某全国紙のヨーロッパ総局長の口癖は、EUにとっての課題は、1にウクライナ、2に難民、3がブレクジットである。ロシア(帝国志向)とEU(統合志向)のせめぎ合いにはEUの存亡がかかっているし、ウクライナはその主戦場なのだ。

下巻では、ロシアが、サイバー攻撃やプロパガンダ、資金援助をもって、アメリカ版オリガルヒのトランプを大統領にした過程が語られる。逆累進税や衰えぬレイシズムなどで富の偏在化が急速に進むアメリカ社会。ヨーロッパ同様アメリカにも、ロシアのシンパが多数登場している。

著者が強く訴えている「歴史の復権」こそが、「フェイクデモクラシーと新たなファシズム」(副題)を防ぐための最良の手段であろう。

『自由なき世界─フェイクデモクラシーと新たなファシズム』ティモシー・スナイダー著
池田 年穂
慶應義塾大学出版会
上巻:276頁、下巻:248頁、各2,500円〈税抜〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

  • 1
カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事