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【執筆ノート】
『中国手仕事紀行』

2020/04/29

  • 奥村 忍(おくむら しのぶ)

    みんげいおくむら店主・塾員

藍染めの美しさに魅了され、アジア各地を歩き回ってたどり着いたのが中国の貴州省だった。貴州省は最貧の省と言われてきたが、少数民族の人たちが守ってきた手仕事のすばらしさは他の地域を圧倒するものがある。たとえば民族衣装だ。棉(わた)から糸を紡ぎ、それを織り、染め、時にはろうけつ染めや刺繍を施し、家族の日常着にしてきた。かつてはその全ての工程を各家庭の女性が担っていた。着古したものを繕ってまた着た跡はそれ自体がアートのようにも見える。日本のそうした襤褸(ぼろ)が世界の市場で高騰を続けているが、中国の貴州・雲南のそうしたものも同じように世界中で価値を高めている。1枚の布に投影された母親の愛情は見るものを感動させるのだ。

私は今回書籍にまとめた貴州省と雲南省のみならず、手で作られる暮らしの道具を求め中国全土を歩き回っている。そんな時、ふと学部時代に杉浦章介ゼミで経済地理学を学び、ゼミのフィールドワークで東京を歩き回った日々を思い出す。視点もアプローチも違うが、あの頃からずっとどこかを歩き回っている。

本書は前半に雲南省のことを書いている。雲南省は中国の西側に位置し、面積は日本よりも広い。ベトナムやミャンマーと接する南部は亜熱帯でいわゆる東南アジア的気候や文化だが、北部のチベット族が暮らす地域は3,000メートルを超える場所も多く、暮らしがまるで違う。生活の道具も当然違っている。

一方後半に書いた貴州省は、雲南省と隣接するが全体に高原のような気候で、夏場の暑さも比較的穏やかだが「天に3日の晴れなし」と言われるように日照時間が短い土地。山に暮らすことを好む少数民族たちの暮らしにはユニークな伝統文化が今なお残る。南東部で経験した、トン族の人たちが食べるヤギや牛の胃袋の消化液の鍋は、言わずと知れた中国の人たちの深く広い食文化の中でも奇食とされている。

紀行ではあるが、このエリアを旅しようと思うとあまりにも情報が少ないので、参考になるような情報を記している。言語、祭り、食、工芸、とどんな方面からでもユニークさを感じられるこれらの土地を多くの人に知ってもらいたい。

『中国手仕事紀行』
奥村 忍
青幻舎
296頁、2,500円(税抜)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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