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【執筆ノート】
『世紀末ベルリン滞在記──移民/労働/難民』

2020/04/10

  • 加藤 淳(かとう じゅん)

    作家、ドイツ語翻訳者・塾員

2001年9・11アメリカ同時多発テロ事件の翌朝、わたしはベルリンの移民街を通る地下鉄を降りて、出口へ急いでいた。事件発覚からまだ24時間が経過していない。ドイツでは、ハイジャックテロリストたちがハンブルク= ハールブルク工科大のアラブ系学生だったという情報とともに、犯人グループがドイツに潜伏しているのではないかという疑心暗鬼が広がっていた。

わたしが出くわしたのはこんな光景だった。ドイツ人市民が1人のイスラム系移民に向かって「テロリストはドイツから出ていけ」とわめき散らし、「移民が増えるからこういうことになるのだ」とわたしをにらみつけた。それをきっかけに、わたしは自分が「ヘイトされる側」の人間であることを意識し、テロ犯リーダー、モハメド・アタの後姿を追うことになった。第6章「ハイジャックテロリスト モハメド・アタとその時代」がそのハイライトになる。

ドイツの全人口約8,300万人(2018年ドイツ連邦統計局)のうち4分の1にあたる2080万人が移民の背景をもつ。本人か両親のどちらかがドイツ国籍をもたずに生まれてきた者だ。中核をなすのは戦後東西ドイツの経済成長を支えた移民労働者とその家族。いまやドイツ人は多様化している。経済的に困窮する人や地域では、多様化に耐えられず排外的ナショナリズムを支持する層が増えている。これは来たるべき日本の姿だ。本書を書く直接的な動機はそんな思いだった。そしてドイツでヘイトされる移民側の背景と彼らの悲喜こもごもを書いた。

日本は2018年改正出入国管理法を閣議決定した。大量の移民労働者がやってくる。小産多死社会のコインの裏は移民社会だ。今後、「日本人は同じ血の流れている者」という漠然とした了解は通用しなくなる。違う肌の色をした日本人が登場し、日本人とは誰かを問う必要に迫られる。違う肌の色でも「活躍し、使える」日本人なら受け入れるが、「問題を抱えた、使えない」日本人を、わたしたちは受け入れられるのか。わたしは本書を執筆しながら、みんな違って、みんないい、として生きるのがとりあえずの解決策だと考えたのだった。

『世紀末ベルリン滞在記──移民/労働/難民』
加藤 淳
彩流社
270頁、2,200円(税抜)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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