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【執筆ノート】
『ハーレクイン・ロマンス──恋愛小説から読むアメリカ』

2020/03/26

  • 尾崎 俊介(おざき しゅんすけ)

    愛知教育大学教育学部教授・塾員

まさか私が、「ハーレクイン・ロマンス」を読む日が来るとは思わなかった。

私がいい歳をしてこのロマンス叢書を読むようになったのは、無論、研究上の必要があってのことだ。私の専門はアメリカのペーパーバック本の出版史なのだが、この業界の最盛期は1950年代で、1960年代半ば以降、どの出版社も経営に苦労していた。ところがハーレクイン・ロマンスだけは、逆にこの時期から急激に売り上げを伸ばしていたのである。カナダの弱小出版社が刊行する新興のロマンス叢書が、なぜ1960年代半ば以降のアメリカでやたらに売れていたのか──私が知りたいと思ったのは、その理由である。

そこでとりあえずこのロマンス叢書を数冊立て続けに読んでみたのだが……まあ、ビックリである。何しろどれもこれもが皆同じ筋書き──即ち、若いOLのヒロインが、何らかの事情で超絶リッチなイケメン・ヒーローと1つ屋根の下で暮らすことになり、最初は喧嘩ばかりしていたものの、いつしか互いに惹かれ合うようになって、結局ヒーローの方からプロポーズ! ヒロインは見事玉の輿に乗りました、というような荒唐無稽な筋書き──ばかりだったのだから。こんなアホらしい恋物語を、本当に、大人の女性が、夢中になって読んでいるのだろうか?

だがこのロマンス叢書、1949年の創刊以来、累計67億部が売れている。驚くべきことに、この種のシンデレラ・ストーリーに読み飽きることがない女性読者が世界中に大勢いて、彼女たちは、どれを読んでも皆同じと知りながら、この叢書を買い続けているのだ。

ではなぜそうなのか? なぜ彼女たちはロマンス小説に飽きることがないのか? 拙著の中で私が解明に努めたのは、まさにこのシンプルな「なぜ」である。

だが犬も歩けば棒に当たる。文学的には一文の価値もないと思われているこの女性向けロマンス叢書を読み解いているうちに、男性の読書文化とはまったく異なる女性の読書文化の在り様を、私は垣間見ることになったのだった。「女性の読書文化?何ソレ?」と身を乗り出された方の、御一読を乞う次第である。

『ハーレクイン・ロマンス──恋愛小説から読むアメリカ』
尾崎 俊介
平凡社新書
252頁、880円(税抜)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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