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【執筆ノート】
『アジア経済とは何か──躍進のダイナミズムと日本の活路』

2020/03/19

  • 後藤 健太(ごとう けんた)

    関西大学経済学部教授・塾員

21世紀のアジア経済は国境を越えたつながりを深めながら、未曾有のスピードで変貌を遂げており、想像もつかない未来へと力強く突き進んでいる。この大きなうねりの中で、いま日本はアジアにおける立ち位置の修正を迫られている。多様性の中で強みを再定義し、共に未来を築く。これがアジアの時代を生きる基本戦略である。

私とアジアの関係の端緒は、1993年に大学を卒業して入社した商社での仕事である。アパレル部門に配属され、アジアでモノづくりに明け暮れた。ミラノやパリの華々しいファッションの世界とは無縁で、中国やタイの縫製工場で「泥臭く」仕事をしていた。「納期遅れ」や「不良品」といった言葉が世の中で一番恐ろしく、気が休まることはなかった。それでも現場に行くといつもワクワクした。それは国籍や役割の異なる人々が、時には対立しながらも共通のゴールに向かって走っていたからだろう。そうしてできあがった製品が店頭に並ぶ。「協働」の成果が具体的な形になると嬉しかった。

あの頃のアジアといえば、日本が主導権を発揮して「選ぶ」ことのできる相手だった。自らのバリューチェーンを、一方的にアジアを組み込むことで形作った。その過程で起こる日本からの技術移転は、アジア経済の高度化にも貢献した。しかし21世紀に入ると、デジタル化やモジュラー化などの重要な技術変化を背景に、アジアが日本を凌駕する分野が出てきた。そして今度はアジアが主導するバリューチェーンに、信頼されるパートナーとして日本が「選ばれる」必要が出てきた。一方向から双方向の時代となったのである。

私は商社の他に、国連機関や国際協力機構で開発の仕事もしてきた。世界の成長センターとなったアジアだが、インフォーマル経済が広範に併存するなど、途上国特有の課題を抱えているのも事実である。そうしたアジア経済の「もう1つの姿」を理解することも大切である。つながりが深まった現在、アジアが直面する課題は、私たちの問題でもある。

執筆はなるべく簡潔に、しかし議論の質を落とさないよう心掛けた。アジア経済に少しでも興味のある方々に読んで頂ければ幸いである。

『アジア経済とは何か──躍進のダイナミズムと日本の活路』
後藤 健太
中公新書
240頁、820円(税抜)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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