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【執筆ノート】
『言語生態学者 鈴木孝夫講演集 世界を人間の目だけで見るのはもう止めよう』

2020/02/19

  • 鈴木 孝夫(すずき たかお)

    慶應義塾大学名誉教授

私は遅まきながら4、5年前、90歳に近づいた頃から、私たち日本人に固有の日本語及び日本文化が、ある程度日本に触れる機会を持った外国の人々に、実に面白い働きや影響を与えていることに気付きました。そこで私はこの現象を日本語や日本文化の持つタタミゼ効果(tatamize effect)と呼ぶことにしました。

この私が名付けたタタミゼ効果の作用機序の中心的な部分は、日本が今では西洋列強と肩を並べる近代的な大国となっているにも拘らず、日本人は自分たち人間と周りの自然の全てとの共存共栄の関係を大切にする気持ちを、自然に対する様々な恐れ、敬いといった、いわゆる多神教的な形で未だに残しているということにあります。この感覚は古代の人類が地球上のどこでも持っていたものでしたが、近代になって欧米やイスラーム諸国などの一神教を信ずる国々の影響でほとんど失われてしまいました。それを日本人は、なんとも恵まれた地政学的な理由で、2,000年近くもの長い間、持ち続けてきたのです。

しかしこの問題で欧米の研究者、そしてその忠実な欧米以外のお仲間たちの関心を得るのは至難なことだと分かりました。近現代の欧米流の言語学は言語の音声・物理的な解明に重点を置き、なお且つ人間中心、人間至上主義的な視座にしがみつき、進化論的人類学の偏った視座からも自由になれていないからです。

そこで私は前著『日本の感性が世界を変える──言語生態学的文明論』において、実は多くの点で日本語と日本人庶民の関係は、欧米諸国の場合と全く違っているという、日本でもあまり意識されていない事実を詳しく取り上げました。日本人にとって日本語は単なる人々の間の意思疎通の道具以上の、日本人の世界観を映し出す文化そのものなのです。

そして今回の長い題の本は、日本語のタタミゼ力とは何かを理解してもらうことに役立つ、人間の言語とはそもそもどのような仕組みと側面をもっているかをテーマにした私の講演の記録です。これらを踏まえながら私は今計画している次の本で、いよいよタタミゼ力の本丸に迫るつもりですが、果たして私の力がそこまで持つかどうかが問題です。

『言語生態学者 鈴木孝夫講演集 世界を人間の目だけで見るのはもう止めよう』
鈴木孝夫
冨山房インターナショナル
208頁、1,800円(税抜)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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