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【執筆ノート】
『司法通訳人という仕事──知られざる現場』

2020/01/30

  • 小林 裕子(こばやし やすこ)

    明海大学外国語学部教授・塾員

刑事訴訟法第1条は「この法律は、刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする。」とし、裁判所法第74条は「裁判所では、日本語を用いる。」と言明しています。

一方、外国人の観光客や生活者と関わりを持つ日常が眼前に広がっています。日常を突然揺るがす事態は日本人にも外国人にも起こりえます。空港の入国審査で手荷物の底から「なぜか」違法薬物が出てきてしまったら、「気が付いたら」知らない人の自転車で疾走していたら、ふと目覚めると警察の勾留施設だったら、そしてその被疑者が外国人だったら。そのような時、弁護人と共に駆けつけるのが「司法通訳人」です。

体力勝負のこの責務を、刑訴法第1条を寸分たりとも歪めることなく完遂するには、言語変換に長けた通訳人だけでは充分とは言えず、加えて刑事手続法の知識を備えた「司法通訳人」が必要であることを主張しようと思い立ったのが数年前、何度か挫折しそうになる私を叱咤激励し続けて下さったのが慶應義塾大学出版会の岡田智武氏でした。

大学での講義に加え、学科運営や学生募集に忙殺される毎日を回転させながら、法テラスからの接見同行依頼に応じるために星空を見上げながら警察署に駆けつけ、同時並行で本書の筆を進めました。

智徳俊英の若き国選弁護人の活動を快適化すべく微力を絞り出し、東京拘置所に毎日のように通うこともある日々を深い所で支えてくれているのは、慶應義塾大学で学んだ「法律は最低限の道徳である」という言葉です。法律遵守だけでは世界に冠たる日本社会の平穏は保たれなかったでしょう。

時代は移り、価値観は変容し、日本に住む人々も多様化しました。刑訴法第1条が粛然とそこにあり続けるためには、刑事手続法のメッセージが日本語を解さない人にも等しく正しく伝えられる必要があります。そのために必要なのが、法律知識をも備えた「司法通訳人」なのです。本書の表紙は、司法のあるべき姿を湛える最高裁大法廷の大天井。お手に取って頂けましたら幸いです。

『司法通訳人という仕事──知られざる現場』
小林 裕子
慶應義塾大学出版会
208頁、1,800円(税抜)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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