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【執筆ノート】
『人は語り続けるとき、考えていない──対話と思考の哲学』

2020/01/22

  • 河野 哲也(こうの てつや)

    立教大学文学部教授・塾員

「子どもの哲学」とか、「哲学カフェ」という言葉をお聞きになったことがあるでしょうか。それは、哲学的なテーマについて子ども同士で、あるいは、大人同士で、みんなで一緒になって考え、自由に語り合う活動のことです。私は、この10年ほど、この「哲学対話」と総称される活動に関わってきましたが、対話の仕方の指導などで各地を飛び回り、年々、忙しくなる一方です。企業に呼ばれて、「よい製品とは何か」「仕事とは何か」「コンプライアンスとは何か」などのテーマで、哲学的な対話のファシリテーターをお引き受けすることも多くなりました。哲学というと、難解な文献を、夜遅くまで読み解き、1人考えるというイメージが定着しているかもしれません。しかし、プラトンの「対話編」をご覧になった方はお分かりのように、古代ギリシャでは、政治や人生や道徳など、生活に密接に結びついているテーマについてアゴラという広場や市場で侃侃諤諤(かんかんがくがく)の議論をしていました。子どもの哲学や哲学カフェは、その意味で古代ギリシャの哲学のあり方への 回帰なのです。

これまで、哲学対話のやり方の指導書や紹介書、マニュアル本は数多く出版されてきました。今回上梓した拙著は、以上の実践活動の中で、私にとって大きな哲学的テーマとして現れてきた問題たちを、哲学の問題として扱ったものです。「思考力は育てることができるのだろうか」「感情と思考とは対立するのだろうか」「非合理的な人間をどう扱ったらいいのか」「対話と民主主義の関係はどうなっているのか」。これらの問いは、意外にも、過去の哲学者たちがあまり扱っていないテーマでしたが、今日、ますます重要な問題になっていると思い、手探りで論じてみました。対話力や思考力を伸ばすことは、学校教育のみならず、社会的な課題になっていると思います。拙著がそれに少しでも貢献できれば幸いです。

哲学対話に関わっている大学関係者は、慶應出身者やその方たちに影響を受けた人たちが多いように思います。ここにも、話し言葉による議論を重んじて、日本最初の演説会堂である三田演説館を作った福澤諭吉の考えが生きているのかもしれません。

『人は語り続けるとき、考えていない──対話と思考の哲学』
河野 哲也
岩波書店
256頁、2,300円(税抜)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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