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【執筆ノート】
『龍彥親王航海記──澁澤龍彥伝』

2020/01/14

  • 礒崎 純一(いそざき じゅんいち)

    編集者・塾員

サド裁判の被告となったフランス文学者、高級エロティシズム雑誌「血と薔薇」の編集長、今では漫画化もされている『高丘親王航海記』の小説家──澁澤龍彥は、一般にはこうした存在としてその名を知られているだろう。本書は、この異貌の文人の誕生から死までを時系列に記述した、1千枚になる伝記である。

澁澤龍彥は、澁澤栄一を遠縁にもつ一家の長男として昭和3年、東京に生まれた。戦災で焼け出され、戦後を鎌倉の地で過ごし、昭和62年に59歳で歿したその一生は、昭和という時代にすっぽり含まれる。

1960年代の政治の季節には、「異端と暗黒の大司祭」といったイメージで括られもした澁澤だが、生涯大学に奉職せず、筆一本を貫き通した生粋の自由人である。その生の軌跡は風のように軽やかだ。

三島由紀夫や暗黒舞踏の土方巽をはじめ、数多くの文学者、美術家、舞台人との賑やかな交遊があったものの、澁澤本人は親分風を吹かせるような人物ではさらさらなく、その作品と、磊落で晴朗な人柄が無垢な磁場となって、多くの人が自然と鎌倉の澁澤のサロンに惹き寄せられた。

編集者も例外ではない。私自身は澁澤の最晩年にその貴重な謦咳に接した最後の編集者だったけれども、最初期には、現代思潮社創立者の石井恭二や、晶文社を立ち上げた小野二郎がいた。文芸評論家の三浦雅士さん、詩人の平出隆さん、アンソロジストの東雅夫さんなども、かつてはそうした澁澤番編集者の重要な1人だった方々だ。

若い才能たちが澁澤のふしぎな磁場に吸い寄せられるという伝統は、死後30年を経た今でも途絶えてはいない。生前の澁澤を知らない世代の、諏訪哲史さん、平野啓一郎さん、朝吹真理子さんら有数の小説家が、澁澤に対する大きな敬愛を隠さない。

それに、折口信夫研究などによって大活躍中の文芸評論家の安藤礼二さんが、かつては澁澤の翻訳全集の担当を務めた編集者だったことは有名な事実だし、数年前に澁澤龍子夫人の重要な回想録を手がけ、今度は初の澁澤伝の名産婆役ともなった金子ちひろさんは、こうした幸福な澁澤編集者の系譜に連なる、最も年の若い、祝福された人である。

『龍彥親王航海記──澁澤龍彥伝』
礒崎 純一
白水社
520頁、4,000円(税抜)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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