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【執筆ノート】
『5人目の旅人たち──「水曜どうでしょう」と藩士コミュニティの研究』

2019/12/20

  • 広田 すみれ(ひろた すみれ)

    東京都市大学メディア情報学部教授・塾員

「先生、ネットに面白い掲示板があるよ。こういうの研究したら」と学生に言われたのは18年位前。当時私は短大の情報社会学科でデータ解析を教えていた。ネットはようやく日本語のサイトが出てきたがその大半は「ある」だけ、更新もされなかった。だから社会心理学者としては大して興味が持てなかった。

だが教えてもらった掲示板は妙に可笑しい。TVの番組制作者が視聴者からの投稿を頻繁にupしやり取りするのだが、親密な一方、大喜利でもやっているよう。果てはお悩み相談までしてしまう。実に読みごたえがある。これが私と「水曜どうでしょう」(HTB)の出会いである。俳優・大泉洋が出たことで知られるこの番組は北海道ローカルで1996~2002年までレギュラー放送され現在も不定期で新作が制作され、日本全国で再放送もされている。

研究できないかな、と思いロール紙のプリンタで掲示板を何回かプリントアウトし眺めた。だが不幸にして直後に短大の四大化闘争の波に巻き込まれ、研究どころではなくなり、私はやがて大学を移った。

番組をちゃんと見たのは3年前。こんな番組だったのか、と思った。そして震災後、東北のファンがこの番組を繰り返し見たことに興味を持ち、制作者のSNSの有料ファンクラブに入り、彼らがまた面白くて追っかけ生活約2年半。この度、本を書いた。色々驚くことがあった。DVDや番組販売等で年間営業利益は小さいローカル局一局に匹敵するほど。その成功はロイヤルティの高い「藩士」と呼ばれるファンとの密な関係性が基で、視聴率ベースで広告料収入を得るTVのビジネスモデルと一線を画す。そして番組を見てクライシスから快復し(レジリエンス効果)、感謝する人がたくさんいた。今は3人の子の母である冒頭の卒業生に献本したら「私も番組で救われたんです」と返信をもらった。

本は幸い好評で「テレビの潜在力を示す一冊」(信濃毎日、10月30日)等すでに地方紙や週刊誌で書評が出、取材も受けた。ファン層は実は幅広い。ネットへの移行期の番組なのでメディア論かつコミュニティ論になった。番組をあまり知らない人にも発見があるはずである。

『5人目の旅人たち──「水曜どうでしょう」と藩士コミュニティの研究』
広田 すみれ
慶應義塾大学出版会
272頁、1,600円(税抜)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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