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【執筆ノート】
『日本で生きるクルド人』

2019/11/22

  • 鴇沢 哲雄(ときざわ てつお)

    フリーライター・塾員

クルド人との出会いは偶然だった。10年ほど前、毎日新聞社時代、本社勤務を離れ、埼玉県内の取材拠点の1つ、川口通信部に赴任した。ある日、記事のネタ集めに訪れた隣の蕨市の市役所広報課で、担当職員と雑談していた時だった。職員が突然、「クルド人が毎年、市民公園で伝統の祭りを開いている」と話し始めた。それは、春分の日の前後に開かれるクルドの新年祭で民族としての解放をも祝う「ネブロス」のことだった。

当時、私がクルド民族について知っていたのは、イラクの独裁者フセインによって数千人が虐殺された「ハラブジャの悲劇」くらいだった。ネブロスについても、ほとんど知識はなかったと思う。だが、私には「クルド」の言葉が妙に心に残った。

イラクのフセイン政権崩壊やシリア内戦でクルド人が脚光を浴び、関連ニュースが急速に増えた。毎日新聞埼玉版での連載を決意し「故郷遥か 川口のクルド人」の企画を始めた。連載は2017年12月6日から2018年8月3日まで、第1部から第6部の計24回に及んだ。本書は取材ノートを基にほぼ全面的に書き下ろしたものだ。

第1章「日本にやってきたクルド人」では、私が最初に親しくなったマモさんや妻で最初の来日クルド女性となったエルマスさん、日本に居住するクルド人では最初に来日したアリさんたちの苦難の生活史をつづった。第2章「クルド人を追い詰める収容」は「難民」として来日しながら難民認定されず、強制退去や入管施設への収容で絶望感に追いやられる彼らの声を聞いた。第3章「困難に耐えながら」は、日本から強制退去後に祖国トルコで逮捕されながら再び日本の地を踏んだ青年の苦難や、父の自殺など次々不幸が降りかかる家族などを描いた。最後の第4章「地域に根付くクルド人」はボランティアによる日本語教室、伝統手芸オヤの教室、さらにはケバブ店を開業し成功した青年など、地域住民と共生しながら逞しく生き抜くクルド人たちを紹介した。

本書はクルド人の声を聞き、彼らの現状を知ってもらうために執筆した。私たち一人ひとりが答えを求められている難民問題を考える一助となることを願っている。

『日本で生きるクルド人』
鴇沢 哲雄
ぶなのもり
208頁、1,600円(税抜)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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