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【執筆ノート】
『地域をまわって考えたこと』

2019/10/18

  • 小熊 英二(おぐま えいじ)

    慶應義塾大学総合政策学部教授

本書のもとになったのは、移住希望者むけの雑誌連載である。日本各地の地域事情と、そこで暮らす移住者たちのライフスタイルが、インタビューをもとに書かれている。

私は、地方振興や移住を専門に研究してきたわけではない。私が研究してきたのは、明治期や戦後のナショナルアイデンティティ形成や、社会運動の歴史などである。

だが私は、東日本大震災後に、三陸地方の復興状況を、地域調査をもとに論文にした経緯があった。それ以後、地域に関心を抱き、各地の地域活動を取材した連載記事を地方紙に書くなどしていた。本書の雑誌企画は、この記事をみた編集部が依頼してきたのである。

そして編集担当の方々は、もともと移住者を紹介する記事をずっと掲載しており、どの地域にどんな移住者たちがいるかの知識とネットワークを持っていた。これは私にとって願ってもないことだった。私は移住者を訪ねながら、それぞれの地域を総合的に理解しようと努めるとともに、日本の地域一般がおかれている状況を理解したいと考えた。そうして実現したのが、本書である。

訪問を通じて痛感したことは、1つの地域の問題を、その地域だけで理解してはいけないということだ。ある地域が、かつて栄え、いま衰退しているのは、他の地域との関係が変化したからである。つまり、背景となっている地域間関係が変わらないと、地域の問題は解決しない。つまりは、その地域だけでなく、社会全体を把握する視点が必要なのだ。

本書と並行して、私は日本社会の生活形態を「大企業型」「地元型」「残余型」の3類型で把握する研究を進めていた。本書とほぼ同時に刊行した『日本社会のしくみ』(講談社)では、この3類型を提示したうえで、大企業の雇用慣行の形成経緯や、他国との相違などを検証した。私にとって地域を訪ねることと、大企業の雇用慣行の歴史を調べることは、日本社会を総合的に理解するうえで車の両輪のような関係だった。

私は地域振興の研究者ではない。だが、以上のような視点から行った地域観察から、何かをくみ取っていただき、現代日本社会を考える契機にしていただければ幸いである。

『地域をまわって考えたこと』
小熊英二
東京書籍
192頁、1,600円(税抜)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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