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【執筆ノート】
『食の実験場アメリカ──ファーストフード帝国のゆくえ』

2019/09/06

  • 鈴木 透(すずき とおる)

    慶應義塾大学法学部教授

食から外国に興味を持つ人の数に比して、国別食文化史研究は少ない。食からアメリカの文化・社会の特質や動向を一望するのが本書だ。食べ物には、遠い埋もれた過去の記憶が詰まっている。それは、ある集団が食糧をどう確保し、誰と出会っていかに自らの食習慣を築いたのかを伝えるタイムカプセルなのだ。

アメリカの食に刻まれているのは、先住民や黒人奴隷など、非西洋世界にこの国の食文化が重要な起源を持ち、様々な地域からの移民の知恵を重ね合わせて、異種混交的に成り立っているという、普段はあまり意識されない記憶である。アメリカは、世界のどこにも存在しなかったような混血創作料理を生み出し、それを共有財産化する実験をしてきた。食文化史は、決して白人だけがこの国を築いたのではなく、異種混交的で自由な実験精神こそがこの国の創造力の核心であることを映し出す。それは、移民やマイノリティを敵視する政治がこの国の成り立ちに逆行することを雄弁に物語る。

だが、その実験の帰結がなぜ画一化されたファーストフードなのか。実は、ファーストフードの主力商品たるハンバーガーは、産業社会とともに増大したフィンガーフードの需要に応える、数々の創作エスニックサンドイッチの一種だった。それに必須のケチャップやピクルスはエスニックフードビジネスの遺産だし、ファーストフードビジネスに欠かせない清涼飲料も、元来は健康食品として開発されていた。異種混交的な創造力や産業社会の技術革新の成果は、皮肉にも食の標準化と効率追求の道をも切り開いてしまったのだ。

今日アメリカでは、ポストファーストフード社会に向けた変革が始まっている。ヒッピーたちの食文化革命の遺産は、エスニックとヘルシーを復活・融合させた。また、格差社会に君臨するファーストフード用の遺伝子組み換え品種の大規模な単作に代わる、環境と食品の安全を優先した地域支援型農業は、効率から公益へのシフトを促している。

アメリカ発のファーストフードは世界を席巻した。アメリカ食文化の実験の軌跡を知ることはこの国への理解を深めるとともに、私たちの食生活を考え直すヒントにもなろう。

『食の実験場アメリカ──ファーストフード帝国のゆくえ』
鈴木 透
中公新書
272頁、880円(税抜)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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