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【執筆ノート】
『11通の手紙』

2019/08/30

  • 及川 淳子(おいかわ じゅんこ)

    中央大学文学部准教授・塾員

中国の作家、劉暁波(りゅうぎょうは)との出会いと別れが、拙著『11通の手紙』を上梓するきっかけとなった。

1989年、民主化運動に参加するために滞在先のアメリカから急遽帰国したこと、平和的な民主化運動を訴え、広場での武力衝突を回避すべく戒厳部隊と学生たちの間で交渉役を担ったことなど、劉暁波と天安門事件について語るべきことは多い。事件後、関係者の多くは海外に亡命したが、彼は北京に留まって執筆活動を続けた。中国国内での言論活動が封じられても、インターネットに希望を見出し、中国社会の漸進的な変化が、やがて共産党政権を変えていくはずだと希望を語っていた。

10年余り前になるが、筆者は北京で劉暁波と知り合い、自宅を訪ねて様々な話を聞く機会があった。その後、急に連絡が途絶え、共通の友人から彼が逮捕されたという知らせを受けた。民主化を要求する文書「〇八憲章」の発表を罪に問われ、懲役11年の重刑に処せられたのだ。2010年、劉暁波は獄中でノーベル平和賞を受賞したが、投獄されたまま2017年に事実上の獄死を遂げ、帰らぬ人となった。

「読みたいものを読み、書きたいものを書く。会いたい人に会いに行き、そして、心のままに語り合う」。そうした当たり前の「自由」の価値について考えるのは、劉暁波との限られた交流の中から受け取ったものがあるからだ。彼の死後、遺骨は当局の指示で海に散骨させられてしまったため、墓碑を刻むことも許されない。それならば、せめて「紙碑」として小さな本を編みたいと考えた。

本書は、「創作書簡集」というスタイルで綴った散文だ。劉暁波から、11人に宛てた手紙という設定で書き上げた。言論の自由、報道の自由、学問の自由、思想・良心の自由、様々な自由の価値について、平易な言葉で記している。

手紙の冒頭に記した「あの日」は、30年前の天安門事件であり、「自由が奪われた日」でもある。劉暁波と天安門事件をモチーフにしているが、「あの日」は中国の過去だけではない。「あの日」が、私たちの未来にならないために、本当の「自由」について考えることの大切さを、劉暁波からの手紙に託して伝えたい。

『11通の手紙』
及川 淳子
小学館
64頁、1,200円(税抜)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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