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【執筆ノート】
『冗談音楽の怪人・三木鶏郎──ラジオとCMソングの戦後史』

2019/08/20

  • 泉 麻人(いずみ あさと)

    コラムニスト・塾員

三木鶏郎(みきとりろう)の名から、どういうことをやっていた人物なのか……すぐに思い浮かんでくる世代の人はもはや少なくなっているのかもしれない。還暦をちょっと過ぎた僕なんかの世代にとっては、〝CMソングの大家〟として知られる。ジンジンジンタンジンタカタッタッター(仁丹)、ワ、ワ、ワーッ、輪が3つ(ミツワ石鹸)、カーンカーン、カネボウ(鐘紡)、いまも使われているキリンレモンのテーマ曲なども含めて、民放ラジオやテレビ草創期の代表的なCMソングのほとんどを手掛けた才人だった。CMに連動する格好で江崎グリコ提供の『鉄人28号』の主題歌(グリコ、グリコ、グリコ~のコーラスが入ったりする)なども作詞作曲していた。

僕よりも20年くらい上の世代にとっては、CMソングよりラジオ『日曜娯楽版』の風刺コントの人かもしれない。戦後まもなく始まったNHKラジオの名物番組で、トリローが構成するコミカルな歌と時事風刺コントによる〝冗談音楽〟のコーナーは社会的なブームを呼んだ。とりわけここでエジキにされたのが、昭和20年代の政界を指揮していた吉田茂。番組リスナーだった永六輔や野坂昭如ら才能ある若者たちがトリローの門下生となって、テレビ時代のバラエティー番組の礎を築く。

そんな三木鶏郎の評伝をこのたび上梓したわけだが、仕事のジャンルの幅はもちろん、プライベートのエピソードも豊かな人なので、ここでは慶應(三田)関連の逸話を紹介しておこう。トリローが終戦直後のバラック小屋で作った、プロとしての最初の曲に、『南の島が消えちゃった』というのがあるのだが、この曲のイメージのもとは塾出身・獅子文六の『南の島』なのだ。獅子さんとは対談などで多少交流があったようだ。

暁星、旧制浦和高校、東大法科へと進んだトリロー、慶應や三田絡みのベタな話はないものの、ひと頃まで慶早戦における慶應マスコットとして親しまれたミッキーマウスには大いなる縁がある。当初3人組でNHKラジオに乗りこんだトリロー、芸名を付ける段になって、子供の頃から大好きだったミッキーマウスにあやかって、ミキトリオとしたのがその名の由来なのである。

『冗談音楽の怪人・三木鶏郎──ラジオとCMソングの戦後史』
泉 麻人
新潮選書
320頁、1,500円(税抜)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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