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【執筆ノート】
『世界を読み解く一冊の本 チョーサー カンタベリー物語──ジャンルをめぐる冒険』

2019/07/29

  • 松田 隆美(まつだ たかみ)

    慶應義塾大学文学部教授

本書は、慶應義塾大学出版会から刊行されている「世界を読み解く一冊の本」シリーズの1冊である。岡部正裕氏による斬新なブックデザインで統一された叢書で、第1期として10冊の刊行が始まっている。

「全ての被造物は、書物や絵画のように、私たちにとっての鏡である」というラテン語の1文がある。これは12世紀ヨーロッパの哲学者リールのアラヌス作とされる短詩の1行目で、世界の全ての事象は何らかのメッセージを隠していて、世界は1冊の書物のように読み解けるというメッセージを込めている。それならば、人類は、その解読のための鍵を収めた書物、つまり世界を読み解く本を提供し続けてきたのではないかという視点から、東西の多様なジャンルの書物を今あらためて検討するのがこのシリーズである。

候補としては、宗教的な聖典(シリーズに含まれるのは『聖書』、『クルアーン』)、百科事典的な書物(同じく『言海』や『百科全書』)、世界像について考えるきっかけとなる大小のナラティヴ(同じく『西遊記』やボルヘス)など、さまざまな書物があるが、いずれも時代を越えて読み継がれ、古典として受け入れられてきた。

そうした1冊として、私は14世紀イギリスで活躍したジェフリー・チョーサーが著した『カンタベリー物語』を選んだ。この作品が西洋文学を代表する古典の1冊という理由だけでなく、ヨーロッパ中世の文学ジャンルの全体像を見据えて書かれた、冒険的な物語文学だからである。

『カンタベリー物語』は、29名の巡礼たちが、ロンドンからカンタベリー大聖堂へと向かう道すがら、順番に話を披露するという物語集である。職業も身分も異なる巡礼たちが、前提も機能も異なる多様なジャンルの話を語り合い、一緒にカンタベリー大聖堂という1つのゴールを目指すという、フィクションでしか実現されない設定の下で、ダイバーシティを尊重し、全てを包み込むような世界像が描き出されてゆく。

今後1~2年でシリーズの他の巻も続々と刊行される予定である。叢書の案内人「せかよむキャット」に代わって、お勧め致します。

『世界を読み解く一冊の本 チョーサー カンタベリー物語──ジャンルをめぐる冒険』
松田 隆美
慶應義塾大学出版会
256頁、2,400円(税抜)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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