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【執筆ノート】
『逸脱の文化史──近代の〈女らしさ〉と〈男らしさ〉』

2019/06/21

  • 小倉 孝誠(おぐら こうせい)

    慶應義塾大学文学部教授

今や文学研究、歴史学、社会学など人文・社会科学系の学問で、ジェンダー的な視点を無視することはできない。方法としてジェンダー論を採るのでなくても、その存在を意識する必要はある。そして社会や文化における女性の状況と表象を問いかけてきたジェンダー研究に刺激されて、この20年来「男性学」も発展してきた。こうして〈女らしさ〉や〈男らしさ〉という規範がもつ歴史性やイデオロギー性が明らかにされてきたのである。

そうした〈女らしさ〉、〈男らしさ〉は、かつてのフランスでどのように規定され、人々はそれにいかに抵抗したのか? その問題意識から出発して書かれたのが本書『逸脱の文化史』である。主に19世紀から20世紀初頭のフランスを対象にして、小説、自伝、医学書などを読み解きながら、この問題について考えてみた。文化史であると同時に文学研究、と自分では思っている。

第Ⅰ部では、当時の女性たちが現代に比べてはるかに拘束力の強い規範のもとで生きていたことを明らかにした。とりわけ若い娘たちに課される〈女らしさ〉の規範は彼女たちの心理を抑圧し、身体を束縛していた。だからこそ規範に逆らう逸脱者が登場し、みずからの自由と欲望を肯定しようとしたのである。

女性ほどではないにしても、規範と逸脱のメカニズムは男性にも観察される。そこで第Ⅱ部では、男性に課されていた社会的、性的な束縛に分けいりながら、それへの抵抗がしばしば「倒錯」という烙印を押されていたことを示した。

現代ではLGBTが認知され、性的指向や性選択の多様性にたいして人々は寛容になった。しかし、100年前のフランスはそうではない。どのような領域であれ、自由や多様性の承認をかちとるには勇気と闘いが必要である、ということが分かってもらえるだろう。

慶應義塾大学出版会の編集者、村上文さんの尽力もあり、本書の刊行がきっかけで、神保町の東京堂書店がジェンダー関連書のブックフェアを企画してくれた。私が選んだ本のほかに、書店員が関連する興味深い著作を見つけて、並べて下さったのがうれしかった。

『逸脱の文化史──近代の〈女らしさ〉と〈男らしさ〉』
小倉 孝誠
慶應義塾大学出版会
244頁、2,400円(税抜)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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