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【執筆ノート】
『音楽の哲学入門』

2019/05/15

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  • セオドア・グレイシック(著)

  • 源河 亨(共訳)(げんか とおる)

    慶應義塾大学非常勤講師・塾員

音楽を聴かない日はない。街角で流れる「みんな知ってるヒット曲」はなくなったが、ネットで誰でも気軽に世界中の音楽から自分好みの曲を見つけられる。音楽を聴く習慣がない人も、1人で山籠りでもしない限り、テレビやラジオ、スーパーやレストラン、スマホのゲームで流れるBGMが耳に入ってくるだろう。

音楽は人間の生活に密着している。だからこそ、人間とは何かを理解しようとする哲学にとって、音楽は重要なテーマとなっている。古代ギリシャに始まる西洋哲学だけでなく、儒教やヒンドゥー教に由来する東洋哲学でも、昔から哲学者は音楽について語ってきた。哲学者だけでなく、音楽家や音楽好きの人も、何かしら一家言もっているだろう。

だが、多くの人が何か言いたくなる題材だからこそ、音楽に関しては、曖昧であったり間違っていたりする言説も多い。また、そうした言説が鑑賞体験そのものを歪めてしまうこともある。グレイシックによると、本書の目的は、音楽について改めて考察してみることで、読者がそうした誤りに陥るのを防ぐことである。

各章のテーマは、単なる音と音楽の違いは何か(第1章)、鑑賞にはどんな知識が必要か(第2章)、音楽による感情表現とは何か(第3章)、音楽はどのように神秘体験を与えるのか(第4章)である。音楽好きなら一度はこうした問題が気になったことがあるはずだ。 また本書では、クラシック、ロック、ジャズ、インド古典音楽、パプアニューギニアの民族音楽など、多様な例を使った射程の広い考察が行われている。

注意すべきだが、本書の見解を鵜呑みにしてはいけない。本書の目的は、さまざまな言説を検討し、議論し、音楽をよりよく理解するための材料となることである。巷に溢れる「哲学」の本には、何が何だかさっぱりわからないが、ともかく深いことを言っている印象を与えるだけのものも多い。だが哲学とは、不可解な「深さ」に逃げず、議論を重ねて主張を明快にする営みである。

本書は、「音楽の哲学」の入門書であると同時に、音楽を題材とした「哲学」の入門書でもある。本書を通して哲学の議論に触れていただければ幸いだ。

『音楽の哲学入門』
セオドア・グレイシック(著)、源河 亨(共訳)
慶應義塾大学出版会
208頁、2,500円(税抜)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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