【執筆ノート】
『子ども文庫の100年──子どもと本をつなぐ人びと』
2019/04/24
今から25年ほど前、文学部図書館・情報学科の学生だった私は、東京子ども図書館でアルバイトをさせて頂いていました。この図書館は、同館の名誉理事長で児童文学者の松岡享子先生がご自宅に開設した「松の実文庫」など、都内4つの子どもの文庫を母体として始まったものです。
当初、単なる楽しいバイト先のひとつでしかなかったこの私立図書館で、私は、公立図書館の大切な役割を学ぶことになりました。松岡先生ご自身、慶應の図書館学科(当時)を卒業後、アメリカの大学院で図書館学を学び、同国で児童図書館員として勤務した経験をお持ちでした。先生の著作から、アメリカに何千とある公立図書館が、厳しい基準で児童書を選び購入し、そのことが結果として児童書出版マーケットを支え、同時にその質を高めることにつながっていることを知ったのです。
将来図書館員になる目標を持っていた私でしたが、すぐに図書館員になる道を選ばず、カナダの大学院の図書館学科に留学しました。帰国後、またもやすぐに図書館員にはならず、子ども文庫の調査の仕事を、4年間限定で、松岡先生とご一緒にさせて頂く機会を得たのです。
子ども文庫はボランティアが運営する私設の図書館です。個人の家、集会所やスーパーの中、廃車になった電車の車輛を使ったものなど多様です。60年代から急増し80年代には5千近くも存在しました。
戦前からその存在が確認でき、明治時代、赤坂の迎賓館の近くのお寺にあった文庫、大正時代、青森県弘前市の魚屋にあった文庫、原爆で廃墟となった長崎市で始まった文庫。いつの時代にも子どもの小さな図書館を開いた無名の人々がいたのです。
福澤先生は『西洋事情』で欧州の図書館制度を紹介し「西洋諸国の都府には文庫あり。ビブリオテーキと云ふ。」と記されています。以来約150年、日本の図書館は官だけでなく民衆の力によっても発展したのです。そのことを本書で多くの方に知って頂けたらと願っております。
さて、私は文庫の研究が終了したのち、ようやく当初の目標通り図書館員になりました。今は、松岡先生から学んだことを胸に「官」の立場で子どもと本とをつないでおります。
『子ども文庫の100年──子どもと本をつなぐ人びと』
髙橋 樹一郎
みすず書房
344頁、3,000円(税抜)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
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髙橋 樹一郎(たかはし きいちろう)
奈良県天理市立図書館館長補佐・塾員