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【執筆ノート】
『ドイツ革命──帝国の崩壊からヒトラーの登場まで』

2019/03/07

  • 池田 浩士(いけだ ひろし)

    京都大学名誉教授・塾員

21世紀もすでに5分の1が過ぎようとしている現在、「革命」はもはや死語同然であるらしい。

中等部2年生だった1954年の春、同級生の家に遊びに行って、部屋に置かれた朝刊に「ディエンビエンフー陥落」という大見出しが躍っていたことを、鮮やかに記憶している。のちに知ったところでは、それはベトナム革命の幕開けだった。

その同級生とはいまも親交を重ねているが、日本でベトナム料理が簡単に味わえるようになった昨今、その国の独立と革命に思いを致す人はほとんどいないだろう。ロシア革命の果てにソ連が歩んだ悲惨な道も、いまや歴史の霞(かすみ)の彼方でしかない。

ドイツ革命は、さらに遠いのかもしれない。ドイツ革命のことを書いている、と話した私に、その旧友は「ロシア革命はわかるけど、ドイツ革命って、あまり聞かないなあ」とつぶやいた。たしかに、ヒトラーとナチスに対する関心と比べて、ドイツ革命は、その存在すら意識されていないほど、影が薄いのだろう。

ドイツ革命に対する私の関心は、文学や芸術の領域についての関心と重なっている。人間はなぜ、虚構(フィクション)に過ぎない小説や詩に心を寄せるのだろうか。自分のいま生きている現実世界が、ありうる唯一の世界なのではない、という思いが心のどこかにあるからだ。ありうる別の現実、あるべき別の現実を夢みることは、人間のすぐれた資質に違いない。

別の現実へのこの夢が、ドイツ革命においても、政治の領域での変革だけでなく、文化の領域での画期的に新しい表現を模索したのである。その文化革命を体現したのは、資本主義体制の維持と議会制民主主義を主張した党派ではなく、「レーテ」(評議会)による変革を目指した諸集団だった。そして、これらの人々を軍事力で圧殺した党派によって制定されたのが、「ヴァイマル憲法」だった。この憲法が、ヒトラー独裁への道を開いたのである。

レーテ派を殲滅するためにヴァイマル憲法に盛り込まれた大統領非常大権を、ヒトラーは批判勢力弾圧のために駆使した。ドイツ革命について考えることは、肯定的にのみ語られるヴァイマル民主主義を、根本から考えなおすことでもあるだろう。

『ドイツ革命──帝国の崩壊からヒトラーの登場まで』
池田 浩士
現代書館
384頁、3,000円(税抜)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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