三田評論ONLINE

【執筆ノート】
『柳都新潟古町芸妓ものがたり』

2019/02/11

  • 小林 信也(こばやし のぶや)

    作家、スポーツライター・塾員

花柳界と縁のない人生を送ってきた。一匹狼の物書きとして生きて来たからその機会がなかったともいえるし、「お座敷遊びは、ごく一部の、限られた粋人たちに許される贅沢」 との思い込みもあった。

50代の終わり、家族の都合で新潟市に3年間住み、様々な新しい出会いに恵まれた。後で思えば、新潟で出会った大切な人々がほとんど古町花柳界の絆で結ばれていた。ごく自然に私は古町花柳界の舞台裏に招き入れられ、近いところで彼女たちの生き様を見つめる幸運に恵まれた。

「芸妓文化は和の総合芸術なんだ」と教えてくれたのは、新潟の地酒の美味しさを全国に知らしめた仕掛け人の早福岩男さんだ。そこは色恋だけの世界じゃない。

「伝統的な和風建築のお座敷で、日本庭園を眺め、芸妓さんの唄や踊りを楽しみながら仲間たちと極上の日本酒と日本料理を味わう」確かに、お座敷に座れば現代の日常から失われた和の結晶の数々が凝縮されている。

江戸時代から新潟に本拠を置く日本舞踊・市山流宗家がいまも古町芸妓を指導する古き良き伝統を守る。一方、芸妓になりたい若い女性が久しく絶えたころ、古町花柳界の消滅を危惧した新潟の財界が80社で柳都振興株式会社という会社を作り、芸妓を採用し育成する、近代的な組織を30年以上も前に生んだ。そんな姿を目の当たりにし、感銘を受けた私は、地元紙・新潟日報に「古町芸妓ものがたり」を連載させてもらった。それをまとめたのが『柳都新潟古町芸妓ものがたり』だ。会社になる以前、置屋の時代に芸妓になっていまも活躍するお姐さんたちにもお会いした。三浦哲郎さんの小説『熱い雪』のモデルになった扇弥さんも大切な逸話を話してくださった。柳都振興から育った現役芸妓14人全員に心の内を聞かせてもらった。さらに、料亭を受け継ぐ担い手たち、支援する後援者たち、それぞれの熱い思いと生き様に心を打たれた。この本は、見開きでひとつの物語になっている。掌編小説を味わうように読んでいただけたらうれしい。そして、奥様、ご主人、ご家族、お仲間 を誘って、新潟・古町に芸妓さんを訪ねてもらえたらなおうれしい。

『柳都新潟古町芸妓ものがたり』
小林 信也(著)
ダイヤモンド社
280頁、1,600円(税抜)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

  • 1
カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事