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【執筆ノート】
『客船の世界史─世界をつないだ外航客船クロニクル』

2019/01/15

  • 野間 恒(のま ひさし)

    元九州急行フェリー(株)取締役社長・塾員

中国茶、豪州の羊毛、鯨油などが主要な輸送貨物だった17世紀のクリッパー帆船の時代が終わり、1840年にキュナード・ラインが北大西洋横断の定期航路を開始するや、蒸気船(汽船)が渡航客を運ぶようになった。

それ以来、欧州各国は汽船による航路を開いて入植者を輸送し、植民地確保競争に乗りだした。アメリカ合衆国が誕生すると国内整備のために西欧から移住者が殺到する。これら渡航者を輸送したのが汽船である。

私がこのテーマに取り組もうとした素地は次のようなものである。40余年間にわたり海運業に従事するかたわら、世界の海事史とりわけ人間の大陸間移動の手段であった客船に興味をいだいた。英国のThe World Ship Society 会員として、海外の同好者と交わりつつ海外の図書を蒐集して研究してきた。

英、独でも客船関係の書籍は数多刊行されているものの、それらは海運会社社史や個々の客船に限られており、世界の交通(人と物の流れ)の推移を系統的に扱ったものは見当たらない。このことに物足りなさを感じて挑戦しようと考えた。

本書は蒸気機関を船に応用することに尽瘁(じんすい)した人びとから始まり、汽船の改良、発達に人生を捧げた人物像を取りあげ、竣工した汽船を大海原に疾駆させた海運経営者像を紹介したものである。執筆の過程でこれらの人物が心底から船を愛し、船を造ること、運航することに魅せられた姿が浮かびあがっていた。

その意味でも本書では、歴史を紡いできた船と人が世界地図をつくるのに果たした様子が述べられている。このドラマティックなテーマに関心をいだく研究者には好適な参考書になると考えている。また、汽船を単なる興味の対象として眺めるのでなく、海上交通なくしてはわが国が生存不可能という問題意識を読者諸氏が考える一助になることも期待したい。

本書では欧州や日本を起点とする北米、極東、アフリカ及び南米大陸へのルートのほか、世界大戦で果たした汽船の挺身にも触れた。また写真も豊富に挿入されているので読みやすくなっている。

『客船の世界史─世界をつないだ外航客船クロニクル』
野間 恒(著)
潮書房光人新社
456頁、3,000円(税抜)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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