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【執筆ノート】
『折口信夫 秘恋の道』

2018/12/18

  • 持田 叙子(もちだ のぶこ)

    近代文学研究者・塾員

17歳のときに慶應義塾大学を志望したひとつの大きな理由は、そのかみ詩人学者の折口信夫が国文学科の教授として活躍したからだった。

それほど折口信夫が好きだった。その著作『古代研究』にも小説『死者の書』にも旅の歌にも、こころ震えて惹きつけられた。

後にはご縁をいただいて、折口信夫の母校の國學院大學の博士課程で学び、折口信夫全集の校訂と編集、解題執筆にたずさわった。

初めて出会った時からずっと、わたくしは書きたかったのだと思う。折口信夫は恋の人。恋する魂の貴さを、人生と学問・創作の中心にすえた人。彼を主人公とする恋愛小説をぜひ書きたかったのだと思う。

まずは彼の生まれ育った地、大阪の川や市場町の風景から始めた。彼を愛し、あたたかい羽で生涯まもった、えい叔母さんを登場させた。

えい叔母さんは若い日、女医になるため上京した。その進取の気性は信夫にも濃く伝わる。

その他、信夫のまわりで彼に影響をあたえ、助けた人々を描いた。親友の古代学者の武田祐吉。森鴎外や小山内薫ひきいる新劇運動のひのき舞台で活躍した盟友の伊庭孝。源氏物語の恋の魂のすばらしさを信夫に伝えた三矢重松先生。若い信夫が感激して読んだ与謝野鉄幹、晶子、田山花袋、岩野泡鳴。もちろん、信夫が慕った民俗学の先駆者・柳田国男も――。

小説のなかの信夫のことばには、「いろごのみ」「貴種流離譚」「まれびと神」「語部(かたりべ)」をはじめとし、日本文学の歴史と日本人の霊魂信仰についての彼のユニークな考究を解りやすく注ぎ入れた。

もちろん資料にもとづくとともに、彼のこころの内奥に立ち入る場面はフィクショナルな翼を使った。これぞ〈小説〉の醍醐味である。

近来、時代小説の興隆で織田信長や徳川家康ばかりモテるのが口惜しかった。学者や芸術家だって華やかな小説になる。それを入口に著作をひらいてもらいたい。とくに多くの美しいおもかげ人を胸にいだき、ときに烈しく追う恋の詩人学者、折口信夫は華がある、絵になる。

そうした野心も本作に籠めた。お手に取っていただければ幸せです。

『折口信夫 秘恋の道』
持田 叙子(著)
慶應義塾大学出版会
480頁、3,200円(税抜)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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