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【執筆ノート】
『宮中取材余話 皇室の風』

2018/11/09

  • 岩井 克己(いわい かつみ)

    ジャーナリスト・塾員

「オペラ座の怪人」みたいに、宮中というラビリンスの中を30年間にわたり右往左往して実見した皇室と周辺の人々の生き様を描いた。

「神は細部に宿る」ように、華やかな表舞台だけでなく、楽屋裏の小さな密(ひそ)やかな挿話にこそ皇室の真実の姿が見えると思ったからだ。

皇室本には、現場を知らない「専門家」が骨格標本のように「構成」したもの、情緒的な美談仕立てのものも多い。現場で定点観測してきた者として、天皇・皇后の戦いは、そんな生易しいものではないとの思いもあった。次々と鬼籍に入る関係者に捧げた挽歌でもある。

宮殿の天皇執務棟の地下に広大な秘密の「御服所」があり、そこに厳重に鍵のかかった金庫があり、またその中の小金庫に機密書類があった。しかし、昭和史最大の機密書類である昭和天皇の証言「聖談拝聴録」は、平成に入って行方不明となった。昭和天皇の日記も見つかったが、香淳皇后の尊骸とともに埋葬された経緯も書いた。

側近らが封印したのは「棺を蓋いて事定まった」はずの歴史の亡霊が蘇り死者、生者を襲いかねないからだ。昭和はまだ歴史になっていない。

靖国神社の「英霊」の美化や祭祀至上主義を声高に叫ぶ言説が闊歩する時勢だからこそ、靖国へのA級戦犯合祀への憤りを昭和天皇が詠み封印された「幻の歌」も紹介した。

現天皇・皇后が神道祭祀を厳修しつつも、皇室ゆかりの寺なども訪れるなど幅広く柔軟な「伝統」継承に努め、国内外の戦争の傷跡に向き合い続けた姿、その思いも書いた。

天皇の即位儀式が天孫降臨神話を映す由縁を詳しく解説。一方で、皇祖神は実は元はタカミムスビであり天武・持統朝にアマテラスに転換されたとの有力学説が現れたことも紹介した。天皇の祭祀所「賢所」で神体を動座(移動)させる現場に居合わせ、神体が2つあるのに驚愕した思い出もルポした。

「聖域」の史的相対化を試みたのは、敗戦で皇国史観が亡んだことすら風化しつつある時代相への危機感からだ。国民主権と平和主義の憲法下で象徴像を「全身全霊」で模索した平成の皇室の姿を顧み、未来を考える一助になればと願う。

『宮中取材余話 皇室の風』
岩井 克己(著)
講談社
656頁、3,000円(税抜)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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