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【執筆ノート】
『バッハ 「音楽の父」の素顔と生涯』

2018/10/16

  • 加藤 浩子(かとう ひろこ)

    音楽物書き・塾員

バッハ没後250年の西暦2000年、『バッハへの旅』(東京書籍)という本を出した。バッハが生まれ暮らした街々を美しい写真とともに紹介しながら彼の人生をたどるという内容だったが、アニバーサリーイヤーも味方して版を重ね、本と同名の音楽ツアー「バッハへの旅」に同行する仕事へとつながった。ツアーも幸い人気が出て継続し、これまでおよそ30回を重ねている。

ツアーが盛況な一方で、本家本元の書籍はしばらく前に絶版となり、内容も古くなって、新たに書き直す必要に迫られていた。6月に刊行した本書は、そのような事情から生まれた1冊である。

バッハが暮らした街は、中部ドイツのザクセン、テューリンゲン地方に集中している。それは彼がルター派の音楽家一族に属していたからである。マルティン・ルターはこの地に生まれ、バッハの生地アイゼナッハの郊外に聳(そび)えるヴァルトブルク城で新訳聖書をドイツ語に訳した。ルターは礼拝において音楽を重視し、オルガンや合唱の他、信徒が音楽にも参加できるよう自国語の賛美歌を導入した。ルター派のお膝元になったおかげで、テューリンゲンとザクセンは17世紀に「音楽の国」と呼ばれるようになるが、バッハ一族はその中心的な役割を担ったのだ。

本書では、「バッハとルター」との関係を振り出しに、『バッハへの旅』の構成を下敷きにしつつ、世俗カンタータの舞台や、バッハと関わりの深い各地のオルガンといった視点を加えて「バッハ」と「土地」との関係を追求した。また「家庭人バッハ」という章では、父として夫としての人間味溢れるバッハを描いてみた。ディスク・ガイドにも1章を割き、近年の新発見に関するコラムや、世界的なバッハ演奏家、地元で活躍するオルガニストやカントールへのインタビューも盛り込んだ。

バッハの音楽は心を落ち着かせてくれるとよく言われる。その最大の理由は、彼が音楽を「神への捧げ物」として創造したことにあると思う。バッハの暮らした街を歩き、現地でバッハの音楽を聴くと、そのことが実感できると同時に、こんな田舎から時空を超えた音楽を生み出したバッハの凄さも痛感されるのである。

『バッハ 「音楽の父」の素顔と生涯』
加藤 浩子(著)
平凡社新書
344頁、920(税抜)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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