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【執筆ノート】
『歴史は実験できるのか──自然実験が解き明かす人類史』

2018/08/23

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  • ジャレド・ダイアモンド/ジェイムズ・A・ロビンソン編著

  • 小坂 恵理(訳)(こさか えり)

    翻訳家・塾員

子どもの頃、太平洋上のイースター島に残されたモアイ像の写真を見て、不思議に思ったものです。あんなに大きなものを誰が作り、その人たちはどこへ消えてしまったのか。この島は伝説のムー大陸の一部だったとか、巨大な像を製作したのは宇宙人だったとかという荒唐無稽な説もありましたが、実際のところ、この島のかつての住民はポリネシア人でした。そしてルーツを共有するメラネシア人やミクロネシア人は、同じ太平洋上の島々に入植しても、違う運命をたどっています。なぜイースター島だけが荒廃したのでしょう。

一方、歴史はこうした「なぜ」のほかに、「もし」という謎にも満ちあふれています。たとえば、もしもアフリカ大陸を舞台とする奴隷貿易がなかったら、アフリカ諸国は今日よりも豊かだったのでしょうか。

本書『歴史は実験できるのか』は、歴史の「なぜ」や「もし」という謎の解明に自然実験という手法で科学的に取り組んだ複数の論文を、『文明崩壊』のジャレド・ダイアモンドと『国家はなぜ衰退するのか』のジェイムズ・ロビンソンが編者となってまとめたものです。自然実験というのは耳慣れない言葉かもしれませんが、ここでは、共通点が多くても一部が顕著に異なるもの同士を比較しながら、表からは見えない因果関係を解き明かしていきます。歴史は科学と違い、制御された環境で実験を行うことができませんが、自然実験では代わりに量的データや測定値に注目し、丹念に証拠を積み上げていきます。そうすると、イースター島だけが荒廃した理由も、奴隷貿易が行われなかった場合のアフリカ大陸の運命も、きれいに浮かび上がってくるのだから驚かされます。

ほかにも本書では、アメリカ大陸に大勢の移民が押し寄せた理由、銀行制度の発達が国によって異なった理由、イギリスによるインド統治が残した遺産、フランス革命がヨーロッパに及ぼした影響など、色々な時代の興味深いテーマを取り上げています。同じような環境に置かれても、僅かな違いによって将来の展開が大きく異なってくること、そして僅かな違いとは何か、タイムマシンに乗らなくても科学的に解明できることを教えてくれる貴重な1冊です。

『歴史は実験できるのか──自然実験が解き明かす人類史』
ジャレド・ダイアモンド/ジェイムズ・A・ロビンソン(編著) 、小坂 恵理(訳)
慶應義塾大学出版会
320頁、2,800円(税抜)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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