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【執筆ノート】
『ターゲテッド・キリング──標的殺害とアメリカの苦悩』

2018/08/20

  • 杉本 宏(すぎもと ひろし)

    朝日新聞社教育総合本部コーディネーター・塾員

米中枢を襲った9・11同時多発テロ以降、米国はイスラム過激派のテロリスト相手に非公然のターゲテッド・キリング(標的殺害)を頻繁に行うようになった。とりわけ、ノーベル平和賞を受賞し、広島訪問まで果たしたオバマ大統領の時代に飛躍的に増えた。

それは、司法手続きを経たうえでの死刑でも、戦争での敵兵殺害のどちらでもない。文民の情(諜)報機関であるCIAが無人機や特殊部隊を米軍から借りて、「米国の指紋と足跡」を残さないように工作して行う一種の闇討ちだ。この「暗殺まがい」の戦術を国際政治学や国際法学等の知見も踏まえて考察し、その民主的統制をめぐる諸問題に光を当てたのが本書である。

執筆のきっかけは、9・11テロにさかのぼる。世界中の耳目を集めたあのテロは犯罪なのか、それとも戦争なのか。当時、ワシントン総局の記者としてブッシュ政権の対応を取材していた私が現場で抱いたファジーな感覚をどのように説明すればよいのか。これまで引きずっていた悩みに対し、本書で私なりに決着をつけたつもりだ。

慶應の法学研究科を修了後、米国の大学院博士課程で国際関係論を学んだ私は30代初め、ひょんな巡り合わせで大学から新聞社へ転職した。法学部時代の指導教授であった堀江湛先生が「ジャーナリズムとアカデミズムの境界領域を目指せ」と新米記者にエールを送ってくれた。

本書を構想する段階で、恩師の言葉を改めて嚙み締めた。標的殺害のような論争性を帯びた戦術には「言葉の政治」がつきまとうため、グローバルな政官財学の言説空間に歪みが形成されがちである。それを認識し、是正するには、メディアの現場感覚と学問で鍛える知の融合が不可欠だと思うようになった。

米政権による標的殺害の正当化の論理には、自然法の影響が色濃い。近世自然法学派の代表ともいえるグロティウスの『戦争と平和の法』を読み返した。AIロボット兵器についても学んだ。

日本も標的殺害と無関係ではない。五輪を控え、国際テロに対して日本は何をすべきかについても提言した。

『ターゲテッド・キリング──標的殺害とアメリカの苦悩』
杉本 宏(著)
現代書館
336頁、2,200円(税抜)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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