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【執筆ノート】
『明治の技術官僚──近代日本をつくった長州五傑』

2018/07/11

  • 柏原 宏紀(かしはら ひろき)

    関西大学経済学部准教授・塾員

小さい頃、家族で都内へ出かけるときに、乗換駅の日本橋で銀座線の新型車両を待つのが楽しみだった。オレンジ色の古い車両に交じって登場した、異色のアルミ合金車体が子供心をワクワクさせた。以来35年近くの月日が流れ、あの時輝いていた車両はもう引退してしまった。この間に、駅手前で車内が一瞬非常灯だけになることもなくなり、トンネルが小さくて付けられなかったクーラーも全車両に装備され、今や扉の上に鮮明な大きめの液晶ディスプレーも設置されている。

少し年を重ねれば、この銀座線車両に限らず、技術の進歩を実感することも多くなる。もっとも、それは現代に限ることでもない。幕末から明治時代にも西洋から新しい技術や知識を取り入れるなどして、日本の技術は更新されていた。私は、なぜ日本が速いスピードで近代化できたのかに関心を持ち、明治初年にいわゆる殖産興業政策を担った工部省について研究を進めてきたが、その中でも技術の進展とその意味は興味深く感じられた。そして、当時の政府は直接に鉄道や諸工場などの近代化事業を展開していたから、官僚が自ら貴重な技術を有して、高い専門性を帯びることもあった。そのような技術官僚の先駆けを紹介しようと本 書を執筆した。

具体的には、幕末に長州藩から一緒に密航した5名(長州五傑)を主役に据えた。理系知識などを学んで技術官僚となり、工業、鉄道、造幣などの分野でその基礎固めをした山尾庸三、井上勝、遠藤謹助の生涯を、早々に帰国してその後に政治家として活躍する伊藤博文、井上馨と対比させつつ追いかけた。

その際、技術官僚・事務官僚・政治家という枠組みにも注意を払い、その萌芽から徐々に制度として形成される過程を描くことも意識した。また、技術と不可分の専門性にも焦点をあてた。今日においてますます重要になっている専門性について考える材料を提供すべく、技術官僚が体現した専門性とその変化を明らかにすることも心掛けた。

現在も着実に技術は進歩し、今後も専門性は深化していくのだろうが、歴史的にその一段階を担った人々への敬意を忘れてはならない。

『明治の技術官僚──近代日本をつくった長州五傑』
柏原 宏紀(著)
中央公論新社
288頁、880円(税抜)

※所属・職名等は当時のものです。

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