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【執筆ノート】
『評伝ロバート・モーゼス──世界都市ニューヨークの創造主(マスタービルダー)』

2018/07/12

  • 渡邉 泰彦(わたなべ やすひこ)

    元三菱地所代表取締役専務・塾員

ロバート・モーゼス(1888〜1981)は20世紀初頭から60年代にかけてニューヨークの都市インフラを創造した稀代の行政官である。空港からマンハッタンへのトライボローブリッジ、ヘンリーハドソンブリッジなど彼が建造した構築物は、枚挙にいとまがない。ビーチや公園、動物園、舞台芸術の聖地リンカーンセンター、国連ビルなど魅力ある施設は全て彼が携わった作品だ。

モーゼスが活躍した当時、ニューヨークでは爆発的に増加する移民がトイレや窓もない劣悪な住環境におかれ、治安は悪く、疫病が蔓延していた。ミドルクラスはこぞって郊外へ流出し、このまま放置すれば都市は衰退し、暴動さえも起きかねない。憂えたモーゼスは、都市生活者に光と緑、健全な娯楽場を与えるために、知事を説き伏せ、風光明媚なロングアイランドに州立公園を数多く建造する。「パブリック」という概念が希薄な時代に、ノブレスオブリージュ精神を発揮し、17の州立公園、13の巨大橋梁、延べ千キロもの高速道路新設に取り組んだ。さらに、強権を振るって数十カ所のスラムを撤去し近代的な高層住宅、複合施設を建設する。ニューディール資金や民間資金を活用し供給した総戸数は3万戸、居住者の数は27万人に上った。

だが、市民目線で「心地よい近隣の保全」を提唱した都市評論家のジェイン・ジェイコブズが反対運動を起こし、彼のマンハッタン横断自動車道計画を挫折させる。「私の裏庭には何も造らせない」といった私権が強まる風潮のなか、環境への意識も高まり、以降、かの地で大規模インフラが新たに造られることはなかった。世論が大きくジェイコブズ流儀に傾き、今日に至っているのだ。

今世紀に入り、疲弊したインフラの整備を求める声が強まり、モーゼス再評価の動きも出てきた。都市を衰退から救った人物として評価し、第2のモーゼス出現が待たれるとする動きだ。拙著は、彼の生い立ち、賞賛を一身に受けた黄金期、非難と落胆の終末、さらに再評価の動きまでを追い、彼の偉大な貢献に光を当てた。魅力的な都市の創造には、市民目線のアプローチに加え、強力なリーダーシップを必要とする大規模インフラの充実が不可欠だ。

『評伝ロバート・モーゼス──世界都市ニューヨークの創造主(マスタービルダー)』
渡邉 泰彦(著)
鹿島出版会
302頁、2,600円(税抜)

※所属・職名等は当時のものです。

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