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【塾員クロスロード】
柴本 幸:笛吹き、図書館を巡る

2026/02/12

  • 柴本 幸(しばもと ゆき)

    リコーダー奏者、俳優・2006文

「笛吹き」と名乗りだして日はまだ浅い。リコーダー奏者の吉澤実先生の音色に惚れ込み、10歳から「笛吹き少女」の日々を過ごした。大学卒業と共に俳優の道を選んだが、紆余曲折あり、再び師匠の門を叩いたのが30歳。「少女」が取れても、師匠のご指導のもと、「笛吹き」の修行は続いている。

実は、2025年までアメリカを拠点にしていた。カリフォルニアに自分の求める音があると信じて、ビザ取得に1年奔走した。コロナ禍で貯金の残高が減っていくのを横目で見ていた矢先、演奏依頼をくれたのは、黒人の多い街の海辺の図書館だった。久しぶりの仕事に意気揚々と出向いたものの、開演5分前になっても誰も来ない。隣の公園に呼び込みに行くも、一瞥されておしまい。図書館中笛を吹いて練り歩き、中庭にいた二家族が「1曲だけなら」としぶしぶついて来てくれた。

泣いても笑っても1曲勝負である。予定を変更して、「ライオンキング」のオープニングテーマを吹くことにした。目深に帽子を被って不貞腐れていた男の子が、目を見開き、ニヤッと笑った。赤ちゃんを抱いていたお母さんが踊り始め、皆あとに続いた。私も輪に入って、踊りながら笛を吹いた。ステージと客席の境界が消え、皆でただ音を楽しんだ。徐々に人が増え始め、1曲と言っていた家族は、結局何曲も聞いてくれた。

話を聞いてみると、身体的・経済的な理由でコンサート会場には足を運べないけれど、地元の図書館なら来られる、という声が多かった。これだ! と思った。図書館リストを手に片っ端から営業をかけ、直談判しに行った。地元メディアに取り上げてもらったおかげで依頼が増え、様々な街に車を走らせた。エリアや人種によって好まれる曲は違ったけれど、ルイ・アームストロングの「この素晴らしき世界」だけは、決まって大合唱。歌声に笛の音を乗せた時、笛を選んでよかった、と思った。

帰国した今も、ありがたいことに各地で演奏の機会を頂いている。図書館は勿論のこと、美術館、教会、植物園、ホール、一期一会のつもりで、笛を持って飛び回る。「リコーダーの音って、心が休まるわね」なんて言って頂くと、本当に嬉しい。

さて、読者の皆様、これも何かのご縁です。あなたの街に、笛の音はいかがでしょう? ご用命、心よりお待ちしております。


※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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