【塾員クロスロード】
中島 由貴:人間にこだわるドラマを
2025/07/24

私はNHKに入局して以来、主にテレビドラマの演出を仕事としている。連続テレビ小説、現代劇、時代劇、ファンタジー、アクション……比較的多岐にわたるジャンルを手掛けてきた方だと思う。最近の仕事は大河ドラマ「光る君へ」のチーフ演出。ちなみにテレビドラマの演出とは、映画における監督のようなものである。私にとってテレビドラマを作ることは、人間と向き合う作業だ。リアルに生きている人間を追いかけ、記録するドキュメンタリーとは違い、ドラマの基本はフィクション(創作)。実在の人物を扱うこともあるが、フィクションだからこそ許される切り口で、「人間」を深堀りし、なかなか表に出て来ない感情や多面性を見つけ、表現すること、これこそドラマ作りの醍醐味だと考えている。限られた時間の中で凝縮して見せなければならない為、何に焦点を当てるか、どこを切り取るか、毎回悩ましくはあるのだが、「人間とは何か」という、古代ギリシャ時代からいまだ答えが出ないこの問いに対して、手を変え品を変え、映像を通してアプローチしていきたいと思っている。
ドラマ制作の最重要ポイントは、脚本作り。演出が実際に「書く」ことは稀だが、企画が決まったら脚本家と番組プロデューサーと共に、脚本作りに着手する。ドラマの出来の半分以上は、脚本で決まると言っても過言ではない。かつて日本のトレンディドラマを模倣していた韓国ドラマ界は、今や日本を軽々と追い抜き、世界市場を席捲している。それは脚本作りに注ぎ込むパワーが大きいから。強い物語は、人の心を捉えるのだ。日本はどうだろう。「タイパ」「バズる」というワードが飛び交う中、結末が分かった上でドラマを見たい、感情を揺さぶられたくない、辛いものは見たくない、という視聴者の気持ちを私に説いてくる人がいる。しかし、そこに合わせていたら強い物語は生まれないのではないだろうか。つるんとした、聞き分けのいい人間ばかりが登場するドラマは果たして面白いのだろうか。
社会生活の中で、人は色々な感情を封印している。せめて、ドラマを見ている間だけでも、泣いたり笑ったりイラッとしたり、普段押し殺している感情を表に出してもらって、見終わった後に「人間って捨てたもんじゃないかも」と思えるような、そんなドラマを、時間が許す限り作り続けていきたいと思う。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
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中島 由貴(なかじま ゆき)
日本放送協会(NHK)ドラマ チーフ・ディレクター・1992文