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【塾員クロスロード】
中村 一行:Tradition & Form賞を受賞して

2024/11/21

  • 中村 一行(なかむら かずゆき)

    (有)カルニー代表取締役、「小さなミュージアム」館長・1971経

ドイツ、ドレスデン南方、チェコとの国境地帯にエルツ山地地方という高原地帯があります。くるみ割り人形など様々な木工芸で有名な地域で、東西約140キロ、南北約40キロの同地域には数百人の木工職人が工房を営み、中心地ザイフェンには百ほどの工房が集中しています。元々ここは銀、錫など金属の鉱山業を生業とする地域で、1168年頃に銀が発見されるとドイツ全土から一獲千金を夢見る男たちが集まってきた地域です。

エルツは鉱石、ザイフェンは洗鉱と、鉱山業由来の地名が残っています。が、鉱山業が下降線をたどると木工業を冬場の副業とするようになり、1800年代半ばに鉱山業が終焉すると木工業が本業となりました。こうして鉱山が閉山され、多くの鉱夫たちが木工業で生きる決意をした時、それを技術的、学問的に支援する目的で木工専門学校が設立されました。東独時代には一時閉校となりましたが、東西ドイツ合併後の1995年に再び開校し、この機に、優れた作品を制作した木工職人を顕彰する目的で同年に制定されたのがTradition & Form 賞です。

私は塾を1971年に卒業し銀行業界に身を投じましたが、75年に赴任したNYで本物のくるみ割り人形に出会ってその魅力の虜となり、2003年にドイツの木工芸術を日本に紹介するビジネスを妻と起業しました。以来、コロナ禍が始まる2019年までに30回ほど現地を訪問し、およそ100人の木工作家の作品を輸入販売するようになりました。同時に、その作家の人物、家系、作品に対するこだわり等を文献として後世に残すことにも注力しました。

2023年夏、突然、ドイツから連絡がありました。なんとTradition & Form 賞の中の特別功労賞を私と妻に授与してくださるとのことです。大変名誉なことと、同年秋の授賞式に参列すると、ドイツ人以外の外国人に授賞するのは初めてであり、授賞者選定の理事会では満場一致で私が選ばれたことを知りました。思いがけないことで驚きましたが、日本での20年にわたるドイツ木工芸文化紹介の努力が認められたことは嬉しく、今後もさらに同文化の紹介に努めたいと思っています。またTradition & Form賞のことも今後もっと知名度が上がればと願っています。


※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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