【塾員クロスロード】
金子 美雪:1960年代──3つの魔法(マジック)
2024/06/13

百科事典を眺めるのが好きな子どもだった。「ふ」の項目「フランス映画」にあった「勝手にしやがれ」のスチル写真、ジャン=リュック・ゴダールの代表作だ。「ヘラルド・トリビューン」と書かれたTシャツのジーン・セバーグと煙草を斜(はす)に咥(くわ)えたチンピラ然としたジャン=ポール・ベルモンドがシャンゼリゼ通りを歩く。一瞬にして「これだ!」と思った。最初の60年代との出会いである。
私の店の名〈Anouchka(アヌーシュカ)〉は、ゴダールが妻でミューズでもあった女優アンナ・カリーナと設立した製作会社「アヌーシュカ・フィルム」から戴いた。「気狂いピエロ」でアンナは「どうしたらいいの? 私は何がしたいの?」と独白(モノローグ)する。彼女は私だった。何がしたいのか、何になりたいのか分からない。大学を出てライターの仕事を始めたが、クライアントの求めるものと私が書きたいものは乖離していた。顔の見えない虚業から実業へ。都心での暮らしにも疲弊していた。そんな時、友達に誘われて訪れたのが国分寺だった。緑滴(したた)る武蔵野の普段着の街で私は深々と息をした。微かすかな60年代のカウンター・カルチャーの名残を嗅ぎ取る。1987年、〈Anouchka〉は国分寺マンション( 奇しくも1968年竣工)にオープンした。以来ずっと英国の60年代のヴィンテージの服や小物を扱っている。
なぜ60年代か? 2つ目の理由はツイッギーだ。1967年に来日した彼女をテレビで見た。英国生まれの痩せっぽちなモデル。ミニスカートのツイッギーを目撃した日本の女性は一斉にスカート丈を短くした。ツイッギーとは社会現象だった。
そしてローリング・ストーンズ。1972年、NHKの「ヤング・ミュージック・ショー」で1969年のハイド・パークのコンサートが放送された。中学生だった私は忽(たちま)ち虜になり、その日からストーンズへの「詣で」が始まる。魅力的なガールフレンド達のファッションにも目を奪われた。ゴダール、ツイッギー、ストーンズにかけられた魔法はまだ解けていない。今年1月に『Anouchka の’60s-’70s 英国ヴィンテージトピア──A to Z31のキーワードとヴィジュアルで読み解くロンドンファッション』を出版した。私が60年代のファッションやカルチャーに捧げてきた軌跡を綴った。けっして懐古趣味ではない、発見としてのあの時代への旅を。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
- 1
カテゴリ | |
---|---|
三田評論のコーナー |
金子 美雪(かねこ みゆき)
ヴィンテージ・ショップ〈Anouchka〉店主、作家・1981文