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【塾員クロスロード】
和田夏実:あなたの頭の中に広がる宇宙へ

2023/02/23

  • 和田 夏実(わだ なつみ)

    インタープリター(解釈者、手話通訳士)・2016環、18政メ修

頭の中の世界がみたい──。

私は、手話と音声書記言語、2つの言語と2つの身体モードを行き来しながら育ちました。2つの世界で翻訳や通訳、言語からなる思考について触れていく中で、身体感覚からなる環世界とその認知に関心を持つようになりました。特に、「内言」の未知なる広がりにとても興味があります。手話という言語は、指差しから世界中にあるものをみつけ、そのかたちや動きを視覚的にトレースすることからはじまり、記憶を身体で表し、関わりの中で自然言語として形成されてきた言語です。様々なものに名前をつけることで発展してきた言語と模倣し移しあうことの中から発展してきた言語、言語の起点となる感覚が異なることで、それぞれの言語の特徴もまた随分と異なっています。

さて、ここで少しだけ実験をさせてください。

「あなたは明日から屋久島に行くことになりました。屋久島に行く準備をしてください」

今から30秒くらい、目を閉じて考えてみてください……準備はできましたか? ではこの時、いったいどのような光景をあなたは思い浮かべましたか?

こんな問いかけをすると、実に様々な答えが返ってきます。持ち物リストを書いているときの鉛筆の感触が想起された方、屋久島に行きながら要るものが装着されていった方、縄文杉の根本のじっとりとした湿り気を感じた方、半透明なカバンにものが収納されていく様が浮かんだ方。頭の中の言語世界、それを「内言」といいます。私の関心はこの内言世界の感覚モダリティの豊かさです。鉛筆を走らせた感覚、じっとりとした湿り気、触覚や体性感覚を想起する人もいれば、映像や写真、言葉の音、多種多様な頭の中の宇宙の広がりがそこにはあります。

感覚から広がる想起、誰かと共有しようとする試行錯誤の中でうまれた言語、言語獲得によって世界と繋がり、自分で無数の繋がりをつくることができるようになる。感覚の異なる言語からは、いったいどんな世界の繋がりがうまれていくのでしょうか。そしてまだ、言語としては蓄積されていない感覚が、相互関係の中で育っていったら……?

まだみぬ世界は、あなたの中にも、私の中にも、無数にあることを実感します。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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