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【塾員クロスロード】
竹野(辻)恵里:出張シェフという選択

2022/11/17

  • 竹野( 辻) 恵里(たけの(つじ) えり)

    出張料理・ケータリングエスダイニング代表・2008政

食べ物のこと、お酒のこと、飲食に纏わる何かを考えている時間が一番楽しかった。気になるレストランがあれば全国どこへでも飛んだ。ワイン生産者を訪ねに海外を回った。ジビエや山菜を求めに山奥に入り、魚を求めに港を巡った。いつしかそれが、単なる趣味ではなくプライドを持って働ける仕事へと変わっていった。

大学卒業後、数年間は一般企業で働いたが、気付くとその仕事に自信を持ってやりがいがあると言えるか疑問に思うようになっていた。慶應義塾で培った独立自尊の精神が故、大企業の組織から独り離れることへの恐れはなく、本当に好きなことを突き詰めるために料理の世界に飛び込み、真剣に勉強を始めた。

日頃、自身の職業を聞かれる際に「出張シェフです」と答えると大概ほとんどの人が怪訝そうな表情を浮かべる。それは、まだ一般的には「出張シェフ」という言葉が根付いておらず、大半の人には馴染みの薄いものだからだろう。昨今のコロナ禍、飲食店の相次ぐ閉店や時短営業などで非店舗型の飲食業態が急速に広まったが、私がこの仕事を始めた10年ほど前、その認知度は現在よりも極めて低かった。シェフ=「レストランにいる料理人」で、飲食店数は都内だけでも8万軒以上あるのに対し、料理人の派遣というと某高級鮨店の1人何十万円もするようなサービスか、企業向けの大掛かりなケータリングサービスくらいしかなかった。ホームパーティーの料理が毎回ピザの宅配では味気ない。そこに誰でも気軽に呼べる料理人がいればと、出張専門シェフを始めた。

そもそも出張料理とは、自宅や指定の場所でプロの本格的な料理をゆっくり楽しむことができるサービスである。小さな子供や外出の難しい高齢者がいても周囲を気にすることなくコース料理を堪能できる。一般的なレストラン価格よりもリーズナブルなコース設定で、最少人数2名から、百名単位のパーティーまで請けている。薄利でも沢山の人に楽しんでもらい、自分自身も楽しんで働こうという方針が、有り難いことに多くの顧客に受け入れられたようだった。ありふれた表現ながら、今の仕事で最もやりがいを感じるのは、お客様に満足して喜んでもらえたときである。一番の趣味を仕事にできることに感謝しながら、その感動を大切にしていきたい。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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